第5話 一太、燐介と世界を語る

 ハーフタイムが終わると、私は諭吉と交代してベンチに座っていた。

「……酷い目に遭った」

 着替え終わった燐がぼやいている。佐那はハーフタイム中恰好や態度を指導していたが、終わるとスタンドの方に戻っていった。

 控え選手達がそんな燐をチラチラと見ては笑っている。

「……お前も記憶が戻ったんだな」

「ああ……」

 しかし、一つ腑に落ちないことがある。

「何で年齢に差があるんだ?」

「そんなの俺が聞きたいよ。こんな超常現象に突っ込む方が野暮なんじゃないか?」

「まあ、確かにそうだな」

「吉田松陰、やっぱり死んだんだって、な」

「あぁ……」

「アメリカやイギリスを見たのだから、色々変わると思ったんだけどなぁ」

「いや、見たからこそ、より死ぬ必要があると痛感したのかもしれない」

 尚、試合は目の前で続いているが、圧倒的に勝っていて何の指示も必要がない。

 だから、試合そっちのけで個人的な話をしている。フットボールの監督としてはどうかとも思うが、世界の今後にも関わるのだし、今回くらいは許してもらいたいところだ。

「実際、私もこの時代に来てみて初めて理解できたが、現在の体制を完全にひっくり返さないと明治維新は実現しない」

「……」

「だが、1859年の時点で、そこまで覚悟をしている者はいない。覚悟を決めさせるためには動くしかないわけだ」

「なるほどねぇ……。まあ、行く先を分かっていても、周りに理解させるのは難しいか」

 燐も大方のことは理解したのだろう。「いい奴だったのにな」とポツリとつぶやいて、しばらく試合の方に視線を向ける。


 スコアを見ると11-1と圧倒的だ。

 サッカーでこの点差で逆転があるとは正直思えないので、引き続き会話を続ける。

「周りに理解させるというのは本当に難しい。例えば、生麦事件のことは知っているだろう?」

 1862年、英国人旅行者が薩摩藩主さつまはんしゅ島津久光しまづ ひさみつの行列を横切って斬られたという事件だ。これにイギリスが怒り、薩英戦争の原因となった。

「回避するのは簡単だ。しかし、回避しなければ薩摩の連中は、イギリスに勝てないということを理解しない」

「見捨てた方がいいかもしれない、というわけか」

「そうだ。正直悩んでいる。今のところ尊王攘夷活動は抑えている。試衛館の面々の協力も得てな。目の前の荒事を避けるだけなら、もっと必死に抑えていくべきなのだろう。ただ、その結果として良い方向に進むのか、実はまずい事態になるのか、はっきり言って分からない」

「分かる。物事には色々な綾があるからな」

「だからとりあえず最低限これだけは絶対にやらなければいけないという線引きをする必要がある。おまえにそれが何であるかを確認したくて、ここまで来た」

 燐は「うーん」と唸って首を傾げた。


「最低限の線引きねぇ。正直、そんなことは考えていないけれど……」

「ただ、おまえのチームに黒人選手がいるのは、南北戦争を意識してのものではないのか?」

「あぁ。南北戦争そのものを回避するのは無理だろうが、アメリカ北部と英仏をとりもっておけば、南部が早く音をあげるかなぁと思って、さ」

「正しい判断だと思う。ナポレオン3世にメキシコへの介入という変な色気を起こさせず、アメリカに専念させれば、より良い結果になるんじゃないか?」

「ナポレオン3世か……。彼とは会ってないんだよなぁ。皇后ウージェニーとはまあまあ仲がいいが」

「何? 皇后と? それなら、一緒にパリに来てくれないか?」

「……何で?」

「今回、俺達が来たのはおまえの要請を受けたからというわけではない。日本とヨーロッパとの条約に絡んでの交渉もあってのものだ。本来なら、フランスには拒否されるわけだが、皇后と話が通じるなら、何かが変わるかもしれない」

「まあ、話を聞いてもらうよう頼むだけなら構わないが」

 燐はあっさり了承した。


「よし、それなら試合が終わったらすぐに馬車でパリに向かおう」

「あ、悪い。それは難しい」

「……何故?」

「いや、ちょうど今、自転車の宣伝をやっていてさぁ。自転車と言っても、ベロシペードという古いやつなんだけどね。これでマルセイユからアヴィニョンまで行くことになっているんだ」

 燐の指さす先には、前輪がやたら大きい自転車のプロトタイプみたいなものが置いてある。

「自転車の宣伝をして、パリに行くから、ちょっと待ってもらえないかなぁ」

「それは構わないが、一体どのくらいの距離があるんだ?」

 アヴィニョンという都市は中世フランスの主要都市の一つだから、名前は知っているが、場所までは覚えていない。

「100キロはなかったと思う。本当はリヨンまで行きたかったんだが、現代自転車と比べると乗り心地に問題があるから、短い距離にしたんだが、それでもひょっとしたら二日かかるかもしれない」

「まあ、それは構わないが……」

 燐は相変わらず色々なスポーツに手を出しているようだ。

 それを改めて実感した。

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