第2話 一太、香港で女性陣の活躍を見る

 1月19日に江戸を出た船は、23日に香港についた。


 香港。


 現在、英国の東アジア支配の拠点となっているところであり、20世紀に入ってからは中国の難民を西側に逃すための受け入れ場所としても機能してきた場所である。

 しかし、現在は支配下に入れてまだ20年、香港島の開発は進んでいるものの、北の九龍くーろんは昨年のアロー戦争に勝利して得たものであるから、まだまだ未開のままだ。


 英国支配の拠点ということもあってか、軍人らしい人物も多い。あとは素性の怪しい者達だ。どの時代、どの地域でもそうだが、他所の地域に一攫千金を求める人物には一癖もふた癖もある人物が多い。

 厄介ごとが起きなければいいのだが、と思っていたら早速問題が起きた。


「た、竹内様、山口様!」

 総督に会いに行くための相談を竹内殿としていたところに水夫の権太が駆け込んできた。

「大変でございます! 中野様と山本様が!」

「……!?」

 何でも、中野竹子と山本八重の二人が酔った英国兵に絡まれたのだと言う。

 年が若いとはいえ、会津・鶴ヶ城で烈女として名前を売った二人である。馬鹿にされたような言葉に敢然と文句を言い、それで相手が激怒してしまったのだとか。

「全く!」

 剣にそれほど自信があるわけではないが、放っておくわけにもいかない。権太とともに向かおうとすると、近くで話を聞いていたらしい桂小五郎が「助太刀します」と助っ人に来てくれた。

 これは有難い。他力本願なのは情けないが、彼がいれば何とかなるだろう。


 案内されて走っていき、私は目を丸くした。

「後は貴方一人だけですよ!」

 と、切符の良い声をかけているのは千葉佐那。その前方に、頬のあたりを腫らした英兵がいる。

「舐めんじゃねえ!」

 挑発に応じて殴りかかるが、酒のせいか足下がふらついている。

「はっ!」

 佐那が素早く身をかがめて、相手の足下に鋭い蹴りを入れる。悲鳴をあげてよろけた男の先には中沢琴がいた。

「それっ!」

 琴は素早く相手の懐に飛び込むと、襟元を掴んで倍はあろうかという男を一本背負いで投げつけた! 「ぎょえ~」という万国共通の叫び声をあげ、英兵はのされてしまった。

「どうやら、助太刀は不要だったようですね」

 桂が苦笑している。その視線の先に二人の英兵が目を回して倒れていた。つまり、佐那と琴のコンビは三人の英兵相手に立ち回ったらしい。

 これは周囲の反応が気になるところだが。

「ブラボー! すげえぜ、嬢ちゃん!」

 周りにいた英兵は喝采を送る。どうやら事情は分かっているようだ。

 それ以上に。

「素敵! 最高です!」

 と、見物していた女性達が頬を赤らめて目を潤ませている。その視線の先にいるのは中沢琴だ。

 確かに、琴は背も高いし、女性としては肩幅が広い。ぱっと見では華奢な美青年に見えても不思議ではない。

 二人がこちらに気づく。バツの悪そうな顔で近寄って来た。

「わ、私達も何とか話し合いで解決したかったのですが、相手は酔っていましたし、言葉も通じないのでこうするしかありませんでした」

「分かっている。気にしなくていい」

 英兵三人をとっちめたというのは喜ばしい話ではないが、周囲の反応を見ているかぎり理はこちらにありそうだ。相手もこんなことで文句を言うことはないだろう。

 大事にはならないだろう。


 その予想は半分正解で、半分は外れだった。

 翌日の香港総督ハーキュリー・ロビンソンとの会合ではこの件がやり玉にあげられることはなかった。逆に「昨日は我が兵が失礼をしました」と謝罪を受けたくらいだ。

 一方で、中沢琴のいる建物には、朝から大勢の若い女性が押し寄せたというのは誤算であった。一様に「昨日の貴公子と会いたい!」と叫んでいて、中にいる琴が「私は女だ!」と文句を言っている。

 今後、あちこち回ることになるが、琴を現地女性に見せれば良好な関係を築けるのではないか。

 本人には悪いが、そんなことを考えてしまった。

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