特別編・幕末烈女隊出陣・後編

 話が終わり、戻るころには日が沈んでおりました。

 道場に戻ると、話を聞きつけた父と兄が駆けつけてきておりました。「一体、何があったのだ?」と問いかける二人に対して、私は江戸城での出来事を正直に話します。


 二人とも、不機嫌そうな顔をしています。

「何も、千葉家の者を異国に送らずとも良いのに」

「全くだ。何とか断れないものだろうか」

 やはり、どうにかして断りたいというのが父と兄の本音のようです。

「婚約者もいるということを強く説明して、何とかならないだろうか?」

「……」

 私は二年ほど前に坂本龍馬様と婚約しております。

 とは言っても、私達の間に深い関係があるわけではなく、父と兄が主導してのものではありますが。

 坂本様については、素晴らしい方だと思っておりますし、文句はございません。

 ただ、現在はもう土佐に戻っておりまして、次にいつ江戸に来るかも分かりません。ご自分の家という観念は薄い方ですから、話が進むかどうかも分かりません。

 かつて燐介が「私は嫁に行けるのか」と聞いた時の反応を思い出しました。行けないと確信しているのに、私に気遣いをして「行けない」と言えなかった、あの様子を。


 父と兄が色々考えている様子を見て、私も考えます。

 坂本様にしても、燐介にしても、遠くにいる。

 おそらく待っているだけでは、どうにもならないのでありましょう。

 ただ、父と兄は、私に待っている女子であってほしいと思っています。

「……今回、呼ばれました中には上野の中沢様や宇和島の失本様、会津の中野殿や山本殿といった方々もいまして、四人は異国に行くつもりでおります。その中で、私だけが断ったとあっては、千葉家の名折れということにならないでしょうか?」

「何……?」

 私の言葉に、二人がギョッとなりました。

「幕府の方々は、私達に異国に果し合いに行ってほしいと思っているはずです。剣術で千葉家ありと言われながら、佐那だけは行かなかった。千葉家はたいしたことないのではないかと恥となることを私は恐れています」

「千葉家の恥……」

 兄は茫然とした様子で私の言葉を繰り返します。

「だが、坂本君はどうするのだ。婚約者を置いて異国に行くというのは……」

「そうだ。行って帰ってこられなかったら、龍馬が悲しむ」

 行って帰ってこられないことはないのではないか。根拠はないですが、そう思いました。燐介はずっと日本の外にいますし、土方様にくっついている沖田総司も異国に行ってきたと言っています。

 とはいえ、これを口にすることはできません。二人が寝に持つ可能性があります。

「私も女子とはいえ、日ノ本に尽くしたい思いは男子と同じでございます。幕府の方から直々に頼まれて断る、そのような情けないことはしたくないと思いますし、仮に断った場合、そのような女子を坂本様は喜んでくれるのでしょうか?」

「むぅ……」

 兄は坂本様と親交が深いので、性格のことをよく分かっています。

「確かに龍馬は、ひたすらに進む男じゃ。佐那にも、そうしてほしいと思っておるだろう」

 兄が腕を組み、父を見ました。

「……父上、ここは佐那の言う通りにした方が良いかと思います」

「うむ……、そうか」

 父は明らかに落胆しましたが、そうするしかないと分かったのでしょう。

 程なく、折れて、私が異国に行くことを認めてくれました。


 翌日、私は一人で山口様に報告に行きました。

 この日は、沖田総司の姿もありました。

「そうか、行ってくれるか。燐介も喜ぶだろう」

「そうでしょうか? 面倒なのが来たと思うのではないでしょうか?」

「いや、そんなことはないと思うぞ……」

 言葉とは裏腹に、山口様も自信なさげです。

「燐介が来てほしいと言っていたのは、千葉殿だけで、あとは有望な女子と言っていたのだからな」

「本当でございますか!?」

「うむ。間違いない」

 山口様が頷き、沖田も頷きます。

「そうだよ。燐介ったら、時々、『佐那~、助けてくれ~』って泣いたりしていたし」

まことですか?」

 それはそれで、いい歳をした男が情けないのではないでしょうか。

「うん。フランスで、でっかい女に追われてよく叫んでいたよ」

「お、女に?」

 フランスという国では、女が男を追いかけるのが普通なのでしょうか?

「そうだよ。燐介って意外と人気だから、世界中の偉い女の子に追いかけられているんだ」

「そ、そうなのですか……」

「でも、『俺には佐那さんがいるんだ』って断っていたから、燐介は佐那さんのことしか考えてないよ」

「ほ、本当、ですか……?」

 突然の言葉に顔が熱くなってきます。

 あの時の言葉は、私の剣幕に押されて仕方なく言ったのだと思っていたのですが、彼は私を必要としてくれて、いるのでしょうか。


 ですが、そこで疑問が浮かびました。

「山口様、そこまで必要とされながら、何故に私のところだけ手紙が来なかったのでしょうか?」

 ひょっとしたら、父と兄が隠していたのでしょうか?


 山口様は「えっ」と首を傾げます。沖田の方を向きました。

「総司、千葉殿への伝達はおまえに任せたはずだが?」

 沖田が露骨に慌てだします。

「そうだけど、途中で土方さんに会って、『だったら、俺が伝えてきてやるよ』って言っていたから任せたんだけど?」

「……」

 二人が絶句しています。


 どうやら、犯人は土方様だったようです。

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