第10話 燐介、オープン帰りに周囲の変化を見る

 マンチェスターで2日を過ごし、俺はスコットランドに向かった。

 第一回の全英オープンを観戦するためだ。


 ただ、観戦すると言っても、第一回なので非常に質素なものだ。

 開催されたのはプレストウィックにあるゴルフ・コース。ここは黎明期には頻繁に利用されていたが、現在では「ギャラリーが観戦しにくい」という理由で使われていない。

 参加者も8人。元々が「アラン・ロバートソンの後継者は誰か?」を決めるための大会だったから、当然、それなりに名前を知られた者しか参加できないというわけだ。

 仮にここに「俺こそがロバートソンの後継者だ!」と飛び入り参加して、超絶プレーでも披露できれば格好いいのだろうが、ゴルフをプレーしたことがないから現実味はない。


 参加者もそうだが、観戦者もほとんどいない。おそらく全員が関係者だろう。唯一の例外が、俺と諭吉だ。バーティーからの手紙を見せたところ「プリンス・オブ・ウェールズがこのような大会に関心を持っているなんて!」と喜んで入れてくれた。

 ただ、入れてくれただけで、特別何かいい目を見られるわけではない。ファンサービスという概念もこの時代はないわけだから仕方ない。


 現代では四大大会を含めて数日をかけるのが普通だが、この時代なので一日で終わる。勝者はウィリー・パークだ。「アラン・ロバートソンに挑戦する資格がある」ということなのかチャレンジベルトを渡されて終わりだ。

 俺自身は彼らに「来年も見に来るよ」と約束をして、オープン観戦はつつがなく終了した。


 スコットランドへの旅が終わると、またも試合をしながらロンドンへと戻っていくことになる。

 まずはマンチェスターに戻って、付近のチームと試合だ。

 エンゲルスの工場のグラウンドを借りることになるが、俺達はそこで凄いものを見ることになった。

「何なのだ!? これだけの人数が集まるとは」

 諭吉がびっくりしたが、俺も同感だ。

 この時代の話なので、当然スタンドなどはないが、試合開始前からグラウンドの周囲を囲むように観衆が集まっている。

 それも、地元チームとイリノイチームの試合ではない。黒人チームの紅白戦にこれだけの人数が集まっているのである。

「ハハハハ! 驚いたか、リンスケ!」

 マルクスが何故か威張りながら近づいてきた。

「驚いたけど、一体何なんだ。あんたが何かやったわけではないんだろ?」

 エンゲルスなら工場労働者を動員することもできるだろうが、マルクスにはそんな芸当は無理だろう。

「何故そんな言い方をする? これは吾輩のおかげなのだぞ?」

「本当かぁ……?」

 マルクスは自信満々に言っているが、こいつの言うことを鵜呑みにはできない。

「前の試合で、おまえのチームのコーリーが物凄い飛び蹴りをしていただろう。あれがマンチェスター中に広まって、どんな凄い奴だと評判になったのだ。それで、今日試合をするということで皆が見に来たというわけだ」

「……へぇ」

「だから吾輩のおかげだ。フワッハッハッハ!」

 俺は絶句した。

 サッカーの腕じゃなくて、飛び蹴りが凄くて見に来るって一体何だと思っているんだ。

 そういえば、転生前の俺が生まれた年には少林サッカーという格闘技サッカーの映画があったと聞くが、そういうノリなのかもしれない。


「はぁ……」

 呆れてベンチに戻ってきた俺だが、そこの光景に目を見張る。

 いつもは無表情で試合をしている黒人チームの選手達の顔が驚きと、やる気に満ち溢れているのだ。

 不思議なことではない。

 いつもはほとんど誰も見ていないグラウンドで試合をしている。しかも、多少入れ替えをするとはいえ、相手はいつも同じ紅白戦だ。

 それが今日は、理由はどうあれ、ものすごい数の観客がいる。

 黒人選手としてみると、日ごろの練習の成果を見せる機会がついに来たわけだ。やる気にならないわけがない。

 これを利用しない手はない。

「いよいよ、全英にアメリカ黒人の真価を見せる時が来た! 精一杯プレーしてこい!」

 そう言って送り出すと、その試合はものすごい試合となった。

 やはりマルーン人選手を始めとした黒人選手の身体能力は凄い。観客は彼らのスピードに、ジャンプ力に度肝を抜かれている。

 チームスポーツは戦術性の高さも売りではあるのだが、もっとも簡単に人の耳目を惹きつけるのはとんでもないスピードやとんでもないパワーである。自分では絶対にできないもの、普通の人には絶対にできないものを見た時、人はその人間を心から凄いと思えるものだ。それは差別意識とは全く別のものである。

 単なる紅白戦だが、白熱した紅白戦中、観客からは「信じられない」とか「ファンタスティックだ」という賞賛の声が飛び交っている。

 試合が終わった時、万雷の拍手に包まれた。


 黒人チームが認められた瞬間でもあり、本当にうれしい瞬間だった。

 これがロンドンで新たなトラブルを巻き起こすことになるのだが、そんなことを全く考える由もなかった。

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