第11話 燐介、英国王室の親子げんかに巻き込まれる①
10月末、俺達はロンドンに戻る途中、再びオックスフォードに立ち寄って試合をすることとなった。
そこで俺は懐かしい人間と出会う。
「やあ、日本の少年、久しぶりですね」
挨拶をしてきた牧師は、ラグビーの創始者とされているウェッブ・エリスだ。
「こんにちは。エリス牧師」
俺は挨拶をした後、ジム・クレイトンを紹介する。
「彼はジムと言って、アメリカで一番のクリケットボーラーだ」
「ほほう、それは楽しみですね」
と語るエリスの視線が何かもの言いたげだ。二人きりで話したいことがある、そんな雰囲気をたたえている。
俺は諭吉に全員の練習を任せて、「これでいいか?」と尋ねた。エリスはニコリと笑って隣室へと案内してくれる。
紅茶をいれがてら、エリスが浮かない顔で言った。
「ロンドンでは、少し雲行きが怪しくなっているらしいです」
「うん? ロンドンの雲行きは大体いつも悪くないか?」
何といっても、雲と大気汚染の国イギリスだからな。
「……ジョークも英国風になってきたようですね」
「……あ、素で言ったつもりだったんだけど、何かあったの?」
エリスが紅茶をテーブルに置いてくれた。それを一口すすってから重々しく語る。
「君達の件がね、ちょっと良くないことになっているみたいです」
「俺達が?」
「……君は殿下の紹介状を見せていたりしたでしょう?」
「ああ、まぁ……」
バーティーから「うるさい奴らがいたら、俺の公認だと言ってくれたらいいぜ」と言われていたし、特別傘にきた行動もしていなかったつもりだが……
「宮殿周囲では、『殿下の名前を語る者が、黒人にフットボールをさせて白人を倒している』というような噂が出ていて、女王陛下がそれを信じてしまっているらしいんですよ」
「げっ……」
俺は、自分の顔から血が引いていくのを感じた。
そういうことか。
マンチェスターでの試合で黒人選手が頑張って以降、一般観客の間で黒人選手の人気は一気に上がった。場所によっては「とんでもない黒人チームがあるらしい」とむしろ主役として期待されたこともある。
俺はそれで調子に乗っていたが、宮殿からしてみると「殿下の名前を騙るチームが黒人選手を連れている」ということになる。
確かにこれはまずい。いや、人道的にはまずいなんて言ったらいけないんだが、何せ伝統と格式の英国上流社会だ。
そうでなくても問題児として知られているバーティーだ。あまりやりすぎると、「バーティーはプリンス・オブ・ウェールズとしてふさわしくないのではないか」という話が出てくる可能性がある。
「そういうことか……。参ったな」
「ここから先、ロンドンまでは黒人のチームは表に出ない方がいいと思います。そのうえで、アルバート大公に弁明をしておくのがいいかと思います」
「……分かりました」
これはエリスの言う通りだろう。
女王とバーティーの間は険悪だが、アルバート大公なら両者の間に立ってくれそうだ。大公に土下座して、悪意はなかったことを理解してもらうしかない。
そういえば、土下座というと千葉佐那は元気にやっているんだろうか。
普通に幕末まで生き残るから、特にそういう心配をする必要はないんだろうけど。
エリスの助言を受けて、俺達は慎重にロンドンに戻った。
……のであるが、そんな配慮はするだけ無駄だった。
「おぉ! 戻ってきたか、リンスケ!」
「げっ、バーティー!?」
俺達のチーム馬車が呼び止められ、外に出るとバーティーの姿があった。
「何が、『げっ、バーティー!?』だ。ちょっとついてこい!」
「ついてこいって、どこに行くんだ?」
俺はこの時、バーティーは俺の勝手な行動に怒っているのではないだろうかと思った。
「宮殿に決まっているだろうが! あのクソババア、俺のチームに黒人がいて、白人をぶっ倒しているのが気に入らないとか言っているらしい! 冗談じゃねえよ!」
「えっ、えっ?」
「一度ガツンと言ってやる! リンスケもお前達もついてこい!」
「えっ、えっ?」
俺の困惑が、皆に波及している。
黒人選手達は泣きそうな顔をしている。いや、バーティーは彼らが対等だということを言いたいのだろうとは分かるが、だからといって宮殿まで踏み込んだら何をされるか知れたものではない。
「行くぞ!」
そんな俺達の事情は通用しない。バーティーは馬車に出るように言い、そこに乗せられた俺達も一緒にバッキンガム宮殿へ連れられていった。
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