第8話 燐介、革命的フットボールに苦戦する③

 試合が再開した。

「ハハハハハ! 相手の奴らは蹴っ飛ばしてしまえ!」

 どうやらネタがバレたと理解したらしい。マルクスは隠すこともなく蹴ってしまえと叫んでいる。

 とんでもない奴らだが、「汚いぞ」と言えるのは20世紀になってからである。

 この時代は、相手を蹴っ飛ばして勝てる時代なのだ。

 ワールドカップが始まってすらいないのに、ここまで勝利至上主義に傾くとも思わなかったが。


 マルクスチームはファウルにも慣れているようで、手慣れた(足慣れた?)動きでボールをもつ選手に近づいてくるが。

「何っ!?」

 今度は叫んだのはマルクスの方だった。

 何と、コーリーが蹴ろうとしていたマルクスチームの選手にものすごいジャンプキックをぶちかましたのである。

 いや、ものすごい跳躍力だ。さすがジャマイカ人……

「こら! 今のはボールとは全く関係ないだろ!」

 マルクスが抗議をするが。

「いや、コーリーはボールを蹴ろうとして飛んだのだ! たまたまおまえのチームの選手が間にいただけだ!」

 諭吉が謎解説をかましている。

 いや、5メートル先にボールがあるからって3メートル先の相手に飛び蹴りをかましていい理由にはならんだろ、と思うが、こちらが有利なのでその理屈を受け入れるしかない。


 気づくと俺の後ろに残りのマルーン選手やジャマイカ勢がいた。

 ものすごい視線で相手を睨んでいる。

 これと似たようなものを見たことがあるぞ。

 ラグビーでニュージーランド代表がハカダンスを踊りだす前の「おまえらぶっ殺すぞ」みたいなそんな視線だ。いや、もちろん、ラグビー選手だから「ぶっ殺すぞ」とは思ってないはずだが、そんな感じに見えてしまう。

 考えてみれば、ジャマイカは大英帝国を相手に平然と歯向かっているのである。たかだかフットボールの戦いなど、彼らにとっては戦いですらないのかもしれない。

 味方である俺ですらちびってしまいそうな怖さなのだから、マルクスチームはもっと怖いだろう。「話が違うぞ」というような怯えた目つきをしはじめている。

「よし、行け!」

 俺はジャマイカ勢を更に3人送り込んだ。

 全員やる気満々だ。

 不屈の闘志達の本能的な闘争心に火がついたのかもしれない。


 そこからは一方的な展開となった。

 相手が蹴っ飛ばそうとでもしたら、マルーン人がより物凄い勢いで蹴っ飛ばす。身体能力が違い過ぎるから、相手が二人がかりでもどうにもならない。

 日頃はマンチェスターで仕事しているような連中である。勝てないと分かったら、途端に近づいてこなくなった。

 マルーン選手が睨みを利かし、スパニッシュタウンから連れてきたジャマイカ選手が叫んで相手を威圧し、その間に白人選手がボールを相手ゴールに蹴り込むだけの展開となる。

 これがサッカーか、フットボールかというツッコミはあるが、紛れもなくイリノイチームはチームとして戦っている。

「こら、貴様ら! もっと根性を見せんか!」

 マルクスとエンゲルスがビビりまくっているチームに喝を入れようとするが。

「それなら、マルクスさんが入ればいいんじゃないの?」

 俺がそう言うと、悔しそうに引き下がっていく。「やーい、やーい、ざまぁ見ろ」とでも言いたくなる。


 前半だけで18点取ると、相手選手の方が「降参です」と頭を下げてきた。

「こらぁ! 吾輩を無視して降参するとは何事だ!」

 マルクスが怒っているが、エンゲルスも「これはもう無理だよ」と諦めモードである。

「ぐぬぬぬぬ、まさか吾輩の革命的フットボールへの対策もしっかりなされていたとは……、リンスケは本当に恐ろしい奴だ」

「対策していたわけではないけどな」

 実際に起きてみると「そうなのだ」と分かるが、やはり21世紀から来た人間としては、ファウルの少ないフットボールに慣れているからな。ファウル上等の構えで来られると鬱陶しい。

 決め手となったのは、ジャマイカ人が喧嘩慣れ……戦闘慣れしていたということが大きいが、それを期待して入れていたわけではないし。


 ともあれ、この戦いを乗り切ったことで、今まで別々のチームとして帯同していた白人選手と黒人選手の間に「ルールは違えど、一つのチームだ」という意識が芽生えることになった。

 とにかく考えることが無茶苦茶な奴だが、この点ではマルクスには感謝すべきところもあるのだろう。

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