第7話 燐介、革命的フットボールに苦戦する②

 試合が始まった。

「燐介よ、相手のチームはやたらと人数がいるな」

 諭吉の指摘で、相手ベンチが膨れ上がっていることに気づく。

 50人、いや、60人から70人くらいいるな。全員が声を出していて、スポーツ強豪校の応援みたいな雰囲気がある。

 とはいえ、グラウンドの上では俺達が優勢だ。開始2分で狭い局面を抜け出し、先制点。5分には2点目を奪う。

 これで相手は驚いているかと思いきや、あまり変化はない。

 いきなり2点を奪われれば普通は動揺するものだが、全く平然としている。


 2点目の直後、またこちらのチャンスだ。

「よし3点目だ! あっ!」

 諭吉が大声をあげた。諭吉だけではなく、俺達のメンバーからも叫び声があがる。

 マルクスチームの奴が、うちの選手の足を思い切り蹴飛ばしたのだ。

 令和の現代なら、失点しそうな時に警告覚悟でファウルによって防ぐことを『プロフェッショナルファウル』と言うことがある。ただ、今の蹴りはそんな生易しいものではない。

「まさか、あいつら……!?」


 サッカーは紳士のスポーツとよく言う。

 だが、それは西ヨーロッパでの話で、南米などではサッカーは勝負のスポーツである。

 勝負というものを徹底していくと、こういう発想になってくる。

『相手のいい選手を潰してしまえば勝てる』と。

 ブラジルをはじめとする南米勢がサッカーで強いのは、もちろん多くの天才が生まれたからということもあるが、これを徹底したからだ。日本ではカッコよく『マリーシア』と呼ぶこともあるが、古い時代には『邪魔者は潰せ』だった。

 選手の価値も昔は現代のような高いものではなかったから、対策も遅れていた。

 選手への攻撃が問題視されるようになったのはミシェル・プラティニが出てきてからくらいだ。

 つまり、この時代から100年以上も後の話である。


 今、マルクスが目指しているのもそういう勝負に徹したものなのだろう。

 相手を全員ノックアウトしてしまえば、こちらが勝つという考え方だ。だから奴のベンチには交代要員が山のようにいるわけだ。

 19世紀にはそもそも登録選手数なんて概念がない。そもそも交代が禁止されているのだから。

 だが、奴は「交代は無制限だ」として、しかも70人くらい用意している。とにかく潰し合って数の差で勝利を掴むわけだ。

 確かに革命的な作戦ではある。

 フットボール関係ないだろ、と言いたくなるが。


 ともかく、この状況は非常にまずい。

 マルクスのチームにはベンチだけで70人前後いる。

 しかし、こちらはベンチには7人しかいない。

 普通は交代が認められていないから、18人体制で回していた。

 喧嘩で潰し合うことになったら絶対的に不利だ。


 審判がこちらに近づいてきた。蹴られてうずくまっている選手を指さして尋ねてくる。

「あいつを交代させるのか?」

 審判は蹴った相手チームの選手には何も言わない。倫理的にはともかく、蹴ること自体を裁く権利はこの時代の審判にはないからだ。

「もちろんだ!」

 数的不利のまま試合をするわけにはいかない。

 ただ、交代させたとしても、人数差が多すぎて先が見えてしまう。


 やばい。俺はまんまとマルクスの罠にはめられてしまったか。


 そう思った時、後ろから大声で呼びかけられた。

「コーチ!」

 いつもなら、白人チームの試合中は大人しく陰で隠れている黒人チームの選手だった。

「コーチ! 俺達も入れてくれ! このままでは負けてしまう!」

「何?」

 驚いたが、確かに彼らを入れない限り勝ち目がない。18人対80人では勝てるはずもない。しかも、相手は喧嘩用の練習もしていそうだ。

 黒人チームは紅白戦をするので28人いる。

 それでも46対80とこちらが不利だが、多少はマシになる。

「分かった。あいつらを助けてやってくれ」

 俺は交代要員として最初に名乗りでたマルーン選手のコーリーを起用することにした。

「こら、リンスケ! 貴様、黒人を試合に出すのか?」

 マルクスが文句を言った。

「当たり前だろ! 交代は無制限だろうが。黒人はダメなんて決めていないぞ!」

 俺も半ギレでやり返す。

「あんたは黒人奴隷反対派なんだろうが! 同じチームに入れて何が悪い!?」

 こういったら、さすがにマルクスも自論を否定することはできないようで「ぐぬぬぬ」とうめき声をあげた。

「まあ、いい! 吾輩のチームはボクシングの練習もしっかりしているのだから!」

 いや、フットボールの練習をやれよ。

 それはまあ、現代のチームでも様々なトレーニングをするからボクシングなどもやるかもしれないけど。


 とにかく、喧嘩は数が重要だ。

 マルーン人も含めた黒人チームの出来が試合の成否を握ることになりそうだ。


 とんでもないことになってきた。

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