第5話 燐介、再びバッキンガム宮殿に召喚される②

 バッキンガム宮殿に呼び出された俺は、またも広い部屋に連れられてきた。

 今回は一体どんな理由で呼び出されたんだろう……。

 いや、99.9パーセント、バーティーに関することで呼び出されたのだろうが。


 諭吉は最初こそ「立派な城だ」などと言っていたが、ここがイギリス国王の宮殿だと知るや血相を変えて、借りてきたネコのように大人しくなってしまっている。

「いやはや、お待たせした」

 現れたのは中年の男性。頭髪の薄さと少しやつれた感があるので歳食った感じに見えるが、元々はいい顔立ちをしていたのだろう。

 服装を見るだけで只者でないことは分かる。

 この人物がヴィクトリア女王の夫であるアルバート大公なのだろう。

 ゆったりとした仕草は気品というよりは、重さを感じる。体調があまり良くないのだろう。

「君が遠く東洋から来たという少年か。バーティーの友人のようだね」

「いえいえ、友人なんてとんでもない。色々助けてもらっています」

 助けてもらっているのは事実だ。

 女王に嫌われているとは言っても、プリンス・オブ・ウェールズの知り合いという肩書は相当な重みがあるからな。ここ英国ではもちろん、遠いジャマイカですらそれでやりたいことを押し通せたわけだし。

 ただし、名前を使っているということは何かあった時に一緒に責任を負いかねない立場でもある。

「中央郵便局から報告が来てね。バーティーの手紙らしいものが送られていると。それで手繰ったら君が来たというわけだ」

「はぁ……」

 郵便物は中央郵便局で割り当てられるのだが、それをこっそり開いて中身を検閲して、また封じていたらしい。で、王室には報告が行くということだ。

「女王に届く前に、私のところに来たのは良かった。彼女は、バーティーが悪者だと信じているからね。淫蕩の血を受け継いだ邪悪な子だと」

 前も思ったけど、ちょっと酷すぎるくらいの思い込みだよな。もちろん、実際にバーティーはかなりの問題児になったが、「あいつは悪いことをする」とずっと母親に思われ続けていたらひねくれるのも仕方ないぞ。

「大公はバーティーのことを信じているのですか?」

「もちろんだよ。自分の子供達を信じない父親がどこにいる?」

 いや、まあ、世間には結構いるような気がする。

「女王は、教養がないうえに頑固で意固地で思い込みが強いところがある。それはバーティーにとっても不幸なことだ」

 そうだよなぁ。バーティーにとっても、女王にとっても不幸なことだ。

 でも、大公。あんたはあんたで自分の妻に対して酷すぎない?


 大公がバーティーを信じていて、自分の妻の評価に手厳しいことは分かった。

 しかし、そんなことを話しに来たわけでもないだろう。一体、どんな用件なんだろうか?

「君が送った手紙、オックスフォードでフットボールをやりたいということだね」

「はい……」

 ひょっとしたら、「バーティーには帝王学を叩きこまなければいけないのだ。遊び事のために息子の名前を使うのはやめてくれ」ということなんだろうか。

「この手紙をオックスフォードの学長に渡してくれないか?」

 大公はそう言って、一通の手紙を渡してきた。

「これは?」

「ちょっとした紹介状だよ。私の紹介状を君に渡せば、オックスフォードの面々も君のことを覚えるだろう。以後、色々と役に立つに違いない」

「ありがとうございます。しかし、何故俺……いや、私を?」

「どうやら君はバーティーとかなり仲良くしているらしいし、諜報部からの活動報告などを聞いた限りでは悪意をもって付き合っているわけではないようだ」

 マジか。俺、諜報部に監視されていたのか。

「バーティーはプリンス・オブ・ウェールズという立場だ。今後、悪い連中が近づいてくるだろう。君はそうでないと思っているから、今後も助けてやってほしい」

 そういうことか。

 バーティーは問題児だから、悪い付き合いをする連中も多い。

 その中では俺はマシな部類ということか。俺とバーティーの目標は「世界レベルのイベント(競馬)をやりたい」という点なわけで、悪いことではないからな。

「本来なら父親である私がやらなければならないのだろうが、先が長くなさそうなのでね。バーティーが孤立しないように誰かに頼みたいと思っていた」

 そんな時に、俺が現れたというわけか。

「分かりました。あいつが悪さをしないよう、できるだけのことはします」

「うん。よろしく頼むよ」

 アルバート大公はそう言って、周りの者に「今日のことは女王に内密にするように」と指示を出した。

 バーティーの件では父親の愛情ということで感銘する限りだが、自分の妻に関しては全く信じていない。

 何だか不思議な家だ、英国王室。


 ※作者注:郵便物についてですが、ウィーンの中央郵便局では郵便物が全部開封されていたらしく、ロンドンもそうではないかという仮説に基づいています。

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