第7話 一太、桂小五郎の訪問を受ける②

 桂小五郎は濃紺の袴姿で入ってきた。

 身長174センチと伝えられているが、実際にまあまあ背が高い。

「長州から来た桂小五郎と申します」

「山口一太です」

 挨拶すると、桂は私をジロッと眺め渡す。

「……吉田先生が貴殿のことをよく話されていて、一度お会いしたいと思っていました。本日、それが叶い、大変光栄です」

「左様でございますか」

 言葉と裏腹に、桂の表情は友好的ではない。むしろ敵対心のようなものを感じる。

 さすがに近藤や沖田や永倉もいるから斬りかかることはないだろうが、油断できない。

「私に何の用でしょうか?」

「貴殿は吉田先生から色々教わったと聞いております。一方で、この度、江戸で剣術大会を開くように起案したのも貴殿であるとか」

「……どなたからお伺いしたのか分かりませんが、私が起案したなどとんでもないことです。旗本ですらない私が、どうしてそのようなことを提案できるのでしょう」

「フフフ……、それは言えません。ただ、そうであると聞き及んでおります」

 桂は不気味に笑う。

 思わず総司の顔を見た。総司もまた首を傾げている。

 桂の様子を見る限り、大会決定の内情をかなり知っているらしい。

 特に私が将軍に提案したということを知っている者はそれほど多くないはずだ。それなのに桂が知っているということは、幕府のかなり上の者の中にも尊王攘夷の浪士達に通じている者がいるということだろうか。

 とはいえ、「そうなんです。実は自分が提案しました」と言うと、私のことをあれこれ詮索されるかもしれない。嘘だと思われてもすっとぼけることにしよう。

「何かの間違いではないですか?」

「あくまでとぼけるおつもりかな?」

「……困りましたね。信じていただけませんか?」

 私は殊更困った顔をした。


 これ以上、聞いても無駄だと思ったのだろう。桂は話題を変えてきた。

「まあ、いいでしょう。では、剣術大会についてどう思われます?」

 私が関与しているかどうかではなく、一般論として尋ねてきた。

「……優れた剣士を集めて、外国人に対して日本の勢威を示す。大変良いことだと思いませんか? 吉田先生も賛成すると思いますが、いかがですかな?」

「表面的にはそうですね。ただ、日本中の浪士を集めることで一網打尽に出来るのではないか、という意思があるのではないかと見ていますが」

「一網打尽というのが、どういうことなのか分かりませんが、江戸を歩いている尊王攘夷の過激浪士も参加して平穏になるのなら、江戸の町民には有難いことではないですか?」

「……ご存じかもしれませんが、私は剣が得意ではあります。また、水戸をはじめとして、知り合いの剣士も多くおります。しかし、この大会に参加できるのかと言われるとできません。疑う部分が多くありますので」

 そう言うと殊更険しい顔を向けてきた。

「どのような意図があるのか、それが分からないことには参加できないのですよ」


 うーむ、これは困った。

 私は桂に対して何も隠し事はしていないし、実際に大会にはそれ以上の目的はない。

 だが、ここに至るまで安政の大獄など激しい衝突があった。

 対立が激しいので素直に相手の言い分を信用できないようだ。

 周りを見ると、全員がこちらの発言を待っている。

 何かしら言わないといけない雰囲気だ。


 どうしたものか。


 そうだ。


「桂先生は、吉田先生から宮地燐介の話は聞いておりますか?」

 桂は一瞬、虚をつかれた顔をしたが、すぐに頷いた。

「非常に行動力のある男だと聞いております」

「その男は現在、イギリスとアメリカを行き来し、オリンピックなるものの開催を目指しています」

「……何ですと、おりんぴっく?」

 どうやら、さすがにそこまでは聞いていないようだ。いかな松陰先生といっても、オリンピックの理念を教えるのは無理だったのだろう。

「そう。オリンピックというものは、多くの者が集い、競技の優劣を競うものでありました。古代ギリシアで生まれたものにして、当地の神ゼウスに捧げるものとして行われていました。神に捧げる大会として行われるものですから、この期間中ギリシアでは戦闘などもっての他、ということで平和の祭典となっております」

「……はあ」

 呆気にとられているのは桂だけではない。試衛館の面々も「何だ、それは?」という顔をしているし、オリンピックのことを知っているはずの総司もぽかんとしている。

「この大会は千年以上前に廃れてしまいました。しかし、この理念を復活させ、世界にオリンピックを復活させようという者が宮地燐介なのです。当然、それを日本が主導する以上、日本でもこのような大会が行われなければなりません。攘夷は武力のみによるのではあらず、世界の精神面を根底から変えてしまうことをここ日本から主導することは、究極の攘夷に他ならないのです!」

 まずい。自分で適当に言っているだけだが、叫んでいるうちにノリノリになってきて、更に適当な発言になってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る