第8話 一太、桂小五郎の訪問を受ける③
「究極の攘夷……?」
桂は唖然とした顔で聞いていた。
内心ハラハラしている。大真面目に来た相手を茶化すような形にしたのだ。「我々を馬鹿にしているのか! 斬る!」となったとしても不思議はない。
「フフ、ハハハ!」
一瞬を置いて、桂は大笑いをした。
笑ったからといっても、油断はできないのだが……。
「究極の攘夷と来ましたか。そんなことを言われては、もう従うしかありませんね。ははは、いや、こんな風に堂々と言われてはもう怒ろうという気にもなれません」
そこまで笑うことだったのだろうかと思うが、ひとまず桂の敵意は抜けたようで、そこには安心をする。
「単なる攘夷ではなく、究極の攘夷。いや、こんなことを水戸の者に説明した時、彼らがどんな顔をするか想像するだけでも可笑しくなってきます」
「そんなに変ですかね?」
「いえいえ、相手の心を斬るというのは剣の極意です。異国の心を折るというのはまさに究極の攘夷であることは賛同いたします。さて……」
桂は一同を見渡した。ただ、何か探っているような様子ではない。単純に人数を確認しているようだ。
「……来訪したのに土産も持参しませんでした。ちょっと買ってまいりますので、少々お待ちください」
そう言って、堂々とした様子で外へ出て行く。
桂が門を出て行った瞬間、周囲の緊張が一気に解けた。
「何ていう奴だ……」
近藤が大きく息を吐く。
「俺達全員を敵に回しても構わないくらいの気概だった。凄い奴だ」
「本当だよ。俺もこいつはとんでもない奴だって感じたなぁ。まあ、燐介も違う意味でとんでもない奴だけど」
一様に桂の豪胆さを褒め称えている。
後には「逃げの小五郎」として知られるようになる桂だが、元々練兵館塾頭を五年間も務めたほどの剣の達人である。
今の彼は大きな立場にあるわけではない。必要とあれば、相手と刺し違える覚悟も有しているということだろう。
「まあ、維新の三傑だし、な」
うっかり漏らした言葉に、近藤が「何だ、それは?」と反応する。
「あ、いや、その……松陰先生のところの三傑ってことですよ」
適当に誤魔化すが、今度は総司が。
「三傑ということは残りの二人は誰?」
「それは……
桂小五郎は、松陰先生と関係はあったけれど、直接の弟子というわけではない。松陰先生のところの三傑というのなら、久坂、高杉と
彼らにとってはどうでもいい話であるだろうが。
一刻後、桂が菓子折りをもって戻ってきた。
「先程は失礼いたしました。たいしたものではありませんが、どうぞ」
と、近くで買ってきたらしい大量の饅頭を差し出されると若者ばかりであるから、たちまち食い気が勝つ。茶を持ってこさせて、全員で菓子タイムとなってしまった。
「桂先生も、大会に出るんですか?」
饅頭を食べながら、近藤が尋ねる。
「分かりませんね。上役の判断次第になります」
「長州・毛利家の」
「そうです」
「いや~、正直、桂先生とはやりたくないなぁ」
「ということは、近藤先生も出るんですか?」
桂の問いかけに、全員が「そういえば」という顔をする。桂が来る前、永倉と話をしていた時には消極的なことを言っていたのだから、おかしな話だ。
「農民上がりの家ですからねぇ。それはまあ、日光とか江戸で武者揃いに参加できるならしたいもんですよ」
「確かにねぇ。沖田家も立派なところではないから、俺が参加できたら家族も喜ぶだろうなぁ。山口さん、そのあたりどうなっているの?」
「おい、総司……」
俺がジロッと睨むと、総司が「しまった」という顔をした。
先程、桂には「自分は何も知らない」という態度を取っていたのである。にもかかわらず、実際には私が何か知っているような話をされれば、罰が悪いことこのうえない。
ただ、桂は聞こえていたようであるが、苦笑している。
「仮に山口先生なら、どうするかということを聞いているのではないですか?」
と、追及を避けてくれた。
「……まだそんな段階ではないかと思いますよ。そもそも、どれだけの剣士が参加するか分かりませんし」
とにかく、少しでも過激な尊王攘夷派を減らしたいという思いからのものだ。いきなり細部のことをあれこれ言われても困る。男谷や高橋が色々考えているのかもしれないし。
「山口さんよ、俺は楽に勝ち抜けるようにしてくれないか?」
「こら、新八。おまえ、何を姑息なことを考えているんだ」
「とか言いつつ、近藤先生もそうしてほしいと思っているんじゃないの?」
「総司、おまえまでそんなことを言うのか!?」
試衛館組がわいわいと騒ぎ始める。
頭が痛くなってきた。
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