第5話 一太、全国大会を提案する
翌日、私は将軍・徳川家茂に
ちょうどその時、家茂は勝海舟と話をしていた。
勝は私を見て、「何だ、こいつか」という顔をしている。
これでも多少はマシになった。咸臨丸の件を主導するまでは「おまえは素性も知らん大老の部下だろ。何故上様の近くにいるのだ」という馬鹿にするような顔をしていたから、な。
「上様、一つ提案がございます」
「何だ?」
「江戸で、剣術大会を開いてみたく存じます」
唐突な提案に、家茂が目を丸くした。
「何? 剣術大会とな?」
「はい。かつて武者を集め、
徳川家にとっては祖先筋にあたる足利氏が開催していた節分の
それを全国規模でやることを提案したのである。
「ふむ……」
家茂はけげんな顔をした。
話の中身よりも、この話を私がしたことが意外なのだろう。海外事情通として知られている私が、いきなり神国日本の勢威をとか言い出すのだから。
「……というのは表向きの理由で、各国から剣士を集めて、しばらく江戸の平穏を保つのが一つ、次に各国から色々な者が集まることで会話の場を設けることができるということもあります」
「なるほど。一体全体、山口は何を言い出すかと思ったが、そういうことだったか」
家茂より先に、横で聞いていた勝が反応した。
「上様、非常にいい案であると思います」
「ほう。この案は良いか?」
「はい。まず、尊王攘夷の連中は、もちろん思想的にそう思っている面々も多いですが、単純に生活費に事欠いて荒っぽくやる理由づけとして暴れている連中も少なくありません。褒章金や仕官の道を示せば、食いつく者は大勢いるでしょう」
これは事実だろう。
令和の時代にもいたことだが、人生が思うようにいかないということで自暴自棄になっている者は多い。世直しと言いつつも実質は不満のはけ口を探しているというものである。
ならば、そのはけ口となる場所を与えてしまえばいい。
「そのうえで、一太の言うように各地から来る者の話を聞くことで、幕府の味方に立ちそうな者を探すことができるものと思います」
「なるほど……。相分かった。確かにこちらとすれば各藩に書状を出し、どこぞの境内を会場として貸してやれば済むだけであるからな」
そう。
オリンピックやらワールドカップとなると、会場設営費やプロモーション費用など多額の費用がかかる。令和に開催された東京オリンピックでも、その運営費の高さやらそれに伴う汚職が問題になったことは記憶に新しい。
しかし、剣術大会であればそこまでの費用はかからない。武家のイベントであるから一般大衆が観戦に来るということを想定しなくて済むからだ。
家茂が言ったように、開催の旨を伝える諸大名への書状を作成することと広い会場を用意するくらいだろう。
さすがに江戸城は危険だ。勧進相撲が行われている
「勝よ。そなた、この剣術大会をやってみるか?」
「滅相もございません。私は海軍の仕事で手一杯でございます。提案者の一太に任せるのが筋ではないかと……」
「うぅむ……」
家茂は迷っている。
恐らくは生前の井伊直弼から「一太を頼りになさいませ。しかし、表に立たせてはなりませぬ」というようなことを言われているのではないかと思う。
もちろん、私自身も前に出るような真似はしたくない。
「それなら
男谷というのは
「分かった。二人に話をしてみよう」
家茂は次の日、二人を呼んで話をした。
二人とも、全国規模の剣術大会という言葉に唖然となっている。
「着想は面白いですが、乗ってこないところもあるのではないでしょうか?」
高橋泥舟が尋ねてきた。
「乗らないところはやむを得ないと思います。むしろ、そうしたことを知れるいい機会になるのではないかと思います」
長州や薩摩などは乗ってこないかもしれない。
しかし、乗るつもりがないと知れることもまた収穫である。それに、薩長の浪士に対して「奴らは日頃は威勢のいいことを言っているのに、剣術大会になると怖くて参加しない」と言い返せるようになる。
「選抜した五百名ほどの者を、ここ江戸から横浜に向かい、京、大坂で勢威を示すことでいかがでしょうか? もちろん、その途中、アメリカ大使館でもやってもらうことになります。ただ、暴れるよりもより武士の強さを見せることができましょう。もちろん、あらかじめハリスには伝えておきます」
ハリスにとってはいい迷惑だろうが、どうせ脅かされるなら日時が決まっている時にやってもらった方がいいだろう。
「……分かりました。このような試みは初めてで想像に及ばないところがありますが、とにかくやってみましょう」
男谷も高橋も同意した。
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