第4話 一太、壁の高さを自覚する
「でも、山口さんが言うような法が簡単に通用するようになるかな? 朝廷も幕府も大名も認めないんじゃないの?」
総司が首を傾げた。
「アメリカの選挙を見たけれど、男は黒人以外みんな投票できるみたいだからね。江戸でそんなことをしたら、町がひっくり返るよ。江戸だけじゃない。白河もそうだし、萩や大坂だってそうじゃないか」
「確かにそうだな」
「正直、実際にイギリスやフランスにやられないと分からないんじゃないかなぁ。もちろん、分かる奴は分かると思うよ。頭のいい人とか、俺みたいに数年アメリカやイギリスにいたら分かると思う。だけど、日本にいながらにして山口さんの言うことを理解するのは難しいよ。多くの者は理解できないと思う」
総司の言葉に、思わず苦笑をしたくなる。
松陰先生も同じようなことは思っていたのだろう。だが、あの人は萩に門下生もいたし、ここまでずけずけと言うことはなかっただろう。
総司はそうしたバックがないままアメリカやイギリスに行ったので素直に直感に従っている。
「武士の俺がこんなことを言うのも何だけど、幕府というのが倒れないと無理じゃないかな」
「凄いことを言うな。松陰先生でもそこまでは言わなかったぞ」
「松陰先生はアメリカやイギリスを見ていた時間が短いじゃん。それにあの人は頭がいいから、馬鹿が考えることが分からないんじゃないかな。多分、あの人には解決策があったと思うけど、それは普通の人はついてこられないものだと思う」
普通の人か。
確かに松陰先生は、弟子がついてきてくれないことをぼやいていた。それで弟子を決起させるために最後は自滅的な行動をとって斬られてしまった。
この後、先生の弟子……
俺の知る現代日本の日本国憲法にしても、その導入は太平洋戦争で国自体が完全に負けてしまったからということがある。
オスマン帝国が治めるトルコも、列強に叩かれてミドハト憲法という中途半端な憲法を制定したが、認められるには至らなかった。
トルコが変わるのは結局のところ、第一次世界大戦後、オスマン帝国がひっくり返ってからだ。
現代イラクやアフガニスタンのように体制をひっくり返しても変わらないところもある。
かくも難しいことなのだ。
予想以上に海外情勢に詳しくなった総司と話をしていると、どうにも悲観的な考えしか出てこない。
「……だがな、総司。悲観的に物事を考えていても何も進まない。悲観論者が、星についての新発見をしたり、海図にない陸地を目指して航海したり、精神世界に新しい扉を開くことはないんだ」
「おっ、随分とクールなことを言うじゃん」
「俺じゃなくて、別の人の言葉だがな」
しかも、まだ生まれていない人の言葉だ、とまではさすがに言わない。
「だったらさ、松陰先生の弟子を呼んできて、教えてやったらいいんじゃないの? 松陰先生が何を考えていたのか、ということを」
「松陰先生の弟子か……」
思い浮かぶのは桂小五郎である。確か、この時代は全国の尊王攘夷の浪士達とともに活動していたはずだ。坂下門外の変にも直接ではないが、一枚噛んでいたという。
この時期、公武合体とともに、長州の
要は「攘夷、攘夷」と言っても、単純に外国人を斬っていても解決しないし、今更条約破棄もままならない、開国して日本が国力をつけてから攘夷をしようじゃないか、というようなものだ。
井伊直弼の路線と、極端な尊王攘夷路線の中間策みたいなもので、それなりに受け入れる層もいたのであるが、では具体的に何をするかというとはっきりしないから説得力が弱かった。
更に尊王攘夷派は完全に凝り固まっていたので徹底的に反対した。結果、長井は失脚して切腹する羽目になって、「航海遠略策」も失敗した。
仮に桂をこちらに近づけることができれば。
「……どうなるかは分からないが、一度桂と会ってみるのはいいかもしれない」
「桂?」
「松陰先生の弟子だ」
「どうやって会うわけ? 相手は萩にいるんだろ?」
「いや、江戸にいる」
「江戸……ってことは」
総司が「うへぇ」と嫌そうな顔をする。江戸にいる、という意味が尊王攘夷の浪士達といることを意味すると理解したようだ。
「どうすんの? 今、尊王攘夷浪士にとって、一番斬りたいのは外国人で、その次に斬りたいのが山口さんとか俺なんじゃないの?」
「……だろうな」
尊王攘夷の浪士達にとっては、今の私は外国の手先でとんでもない奴という扱いになるだろう。
「山口さん、お世辞にも剣が強くないし、大変じゃない?」
「……全くだ」
あまり前に出過ぎると、私が斬られかねない。
燐が政治的な動きに一切関与しないままひたすらアメリカ行き一直線だったのは、生来のスポーツ好きもあるのだろうが、巻き込まれるのが嫌だったんだろう。
いいよなぁ。あいつは、好きなことをできて、しかも知識があるからいいように無双ができて。こちらは知識こそあるものの、無双なんかできないからな。
いや、待てよ。
ここは燐介流で行ってみるか。
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