第3話 一太、日ノ本の将来を総司と語る
「うーむ……」
その日、一度総司と別れて、私は部屋で考える。
南北戦争そのものを避けることは難しいだろう。そもそも、燐は政治的に大それたことをやろうというつもりはないようだ。
ただし、南北戦争が早期に終わる可能性はあるし、エイブラハム・リンカーンが暗殺されないという可能性もある。
史実では開国後フェードアウトしていったアメリカが巻き返してくる可能性はあるし、実際、英仏よりもアメリカの方がいい。アメリカは英仏に追い越さなければならないという立場上、あまり日本に強く当たれないからな。
ひとまずアメリカに期待することにしよう。
一度、アメリカ大使のタウンゼント・ハリスに会ってみよう。
翌日も朝から総司がやってきた。
「どうするの?」
「まずはアメリカ大使に会いに行く」
「なるほど。俺もアメリカの今を知っているし、その方がいいかもね」
総司も了承したので、早速元麻布の善福寺へと向かった。
ハリスに会うのは半年ぶりくらい。
前に会った時はまだ松陰先生も井伊直弼も健在だった。
「おお、一太よ。久しぶりだな」
ハリスは相変わらず居丈高だが、少し不安そうな顔もしている。
「一体全体幕府はどうなっているのだ」
いきなり文句が飛び出した。
ただ、これは仕方ないところもある。
桜田門外の変をはじめとして、尊王攘夷浪士の狼藉は目に余るものがある。
日本人の自分でさえそう思うのだから、ターゲットにされる外国人のハリスにとっては生きた心地もないかもしれない。
「日米修好通商条約で二年後に両国市場を開放しようと決めたが、正直、こんな状況ではアメリカ人がオチオチ江戸を歩いていられん。延期の手紙を書こうとしていたところだ」
「多分、その方がいいと思う」
「何度も言うが、我々アメリカだから、こういう状況にも耐えているのだぞ。もし、イギリスやフランスの連中が来たら、江戸を焼野原にして植民地にするかもしれん。奴らは野蛮だからな」
「分かっている。日本でも早期に憲法を始めとする国際社会に通用する法規を制定するべく努力をする」
「おっ……」
私の返事に、ハリスが目に見えて驚いた。
「……そうだ。そうしてほしい。私と合衆国が望むのはまさにそれだ」
満足げに頷いた後、不思議そうにのぞき込んでいる。
「しかし一太よ、おまえ、一体どうしたのだ? 急に見違えたぞ」
「中国に、『男子三日会わざれば刮目してみよ』という言葉がある。短期間で人は変わるのだ」
まあ、私自身が変わったというより、思い出したという方が正しいのだが。
ハリスは「おぉ」と分かったか分からないような顔をしている。
「……市場の件は一旦延期するが、一太よ。今のおまえの言葉には期待している。何とかいい方向にもっていってほしい」
「分かった」
このような話をして別れた。
具体的な成果はなかったが、ハリスの信頼を得たという点では有意義だったと見るべきだろう。
帰り際、総司が尋ねてきた。
「さっき言っていた憲法とか国際法って何なの?」
そうか。アメリカで生活をしていても、外国人だし憲法などに接する機会はないか。
というか、現代日本だって憲法の本来の意味を理解している人は少ないかもしれないからな。どちらかというと政治問題として漠然と取り上げている人の方が多いのではないだろうか。
「一言で言えば、『この国はこういう国です』と説明するのが憲法だ。総司はこの日本をどういう国だと思う?」
「うーん、将軍がいて、帝がいる国?」
「そういうことをアメリカ人やイギリス人に理解してもらうために作るのが憲法だ。もちろん、将軍や帝だけではなく、例えばその国で人々がどう扱われるかということも説明している。日本ではイギリス人やアメリカ人はどう扱われる?」
「帝は斬ってしまえって感じだね。将軍は違うと思うけど」
「帝が外国人は斬ってしまえなんていう国に、イギリス人やアメリカ人が来ると思うか?」
「来ない」
「今まではそれで良かったが、これからはそうはいかない。だから、来るとなると黒船を連れてくる。危ないからな」
「そりゃそうだ」
「アメリカは今のところ黒船を連れてきただけで攻撃はしていない。ただ、この先、尊王攘夷運動が活発になるとイギリスやフランスは大砲も撃ってくるだろう。日本が嫌いだからというわけではない。そうしないとイギリス人やフランス人が何をされるか分からないからな」
「なるほど……。それを避けるためには、日本はイギリス人やアメリカ人にも酷いことをしないよってきちんと言わないといけないわけか」
「そういうわけだ。船だってタダでは動かないからな。アメリカもイギリスもできれば、毎度毎度黒船を連れてこずに済むようにしたいと思っている」
「なるほど~。そのために何をするわけ?」
「幕府は公武合体運動を進める予定だ。俺も協力しようと思っている」
「公武合体運動?」
「平たく言えば帝と将軍が家族になろうという計画だ」
「あぁ、帝を家族にして、あまり過激なことを言わせないようにするわけね」
総司は合点が行ったとばかり、手を叩いた。
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