第2話 一太、沖田総司と再会する
徳川斉昭への見舞状を通じて、徳川家茂は納豆を食べるようになった。
一部重臣は「将軍ともあろう者が、何故あのようなものを食べるのか」と良い反応を示してはいないが、伝統と格式しか無いような連中だ。放置しておいても良いだろう。
それより、今後のことだ。
穏当な着地点としては、史実でも実行された
本来の歴史なら、公武合体は家茂が急死したことで威力を半減させてしまったが、この世界では家茂の早逝はないはずだ。家茂の健康状態に不安がなければ、うまく機能するだろう。
ただし、問題はそこに至るまでの尊王攘夷派の動きだ。
何もしなければ、新たに老中筆頭となった安藤信正が坂下門外で浪士達に襲われて負傷するという事件を招くことになる。
これでバタバタするとまた時間が無駄になる。これは避けなければならない。
どうしたらいいかと考えているうちに、咸臨丸が戻ってきた。
明日以降、随員と謁見するというスケジュールが決まったが、その前にまずは勝海舟が代表として登城してきた。
勝は、自分達がいかにアメリカで活躍してきたかを将軍に説明しているが、まあ、これは話半分くらいで聞いておくのがいいだろう。
だが、その中に予期せぬ朗報があった。
「それで今回、六年前にアメリカに行っていたと言う者がいましたので連れてきております。沖田総司と言うのですが」
「沖田!?」
私が思わず叫んだので、家茂も勝もびっくりしてこちらを向いた。日頃、公的な場所では石ころを決め込んでいるだけに、たまに叫んだのが驚きだったらしい。
「どうしたのだ? 一太」
「その者、是非、私と会わせてください」
「……そういえば、お主もアメリカに行っていたのだな。よし、会うがいい」
将軍の許可を得たので、私は沖田総司と会うことにした。
沖田総司は、勝海舟とともに江戸城に来ていたようで控えの間にいた。遠くから見ると、さすがに数年ぶりの日本ということもあってか、緊張した顔をしている。だから、私を見た時には一気に表情が晴れやかになった。
「おぉ、山口さんじゃないか!」
「久しぶりだな、総司。早速だが、色々と協力してもらいたいのだが」
「協力? 何を協力するんだ?」
「尊王攘夷の浪士達が相変わらず動いている。奴らは大老様も暗殺し、やりたい放題だ。今後も老中様らが狙われるだろうから、護衛してもらいたいのだ。おまえの剣の腕なら間違いないだろう」
「うーん、剣か……」
意外なことに、総司は自信なさげな顔をした。
「イギリスを離れて以降、あんまり剣の修行をしていないんだよねぇ。フランスで三か月ほど軍にいて、偉大な軍神ナポレオンはこう戦ったみたいなことは色々教わってきたし、燐介とフットボールやベースボールは色々やってきたけど」
「……」
燐の奴め、一体、何を考えているのだ?
「でも、試衛館と協力して何とかできるとは思う。で、山口さんは今、何をしているわけ?」
「私は上様の個人的な側近となっている」
「えっ!? すごいじゃん! でも、山口さんって西国出身じゃなかったの?」
「そこは話し出せば長くなるが、松陰先生が長州に戻るかわりに、私が幕府のために色々協力することになったのだ」
「そういえば、松陰先生が死んだって本当なのか?」
「あぁ……」
「いい人だったのに、残念だなあ」
「あぁ。私は松陰先生と井伊大老のためにも、破滅的な衝突を避けなければならない」
「破滅的な消滅? あぁ、幕府と尊王攘夷の浪士達ってことね。北部と南部で争っているアメリカから日本に戻ってくれば、こっちは西と東か。そう考えるとイギリスとかフランスはいいところだよなぁ」
「……そうだな」
総司の奴、アメリカ南北戦争のことにかなり詳しくなっているようだ。
うーむ、沖田総司は剣の達人という認識だが、どうもこの目の前の総司はそう考えるより、もっとトータル的な人物として考えた方がいいのかもしれない。
いや、ちょっと待てよ。
今、日本にもっとも影響力の強い国家はアメリカだ。
しかし、アメリカはもうすぐ南北戦争が始まる。となると、日本のことに構っていられなくなり、実際、幕末が進むにつれてアメリカはフェードアウトしていき、いつのまにか幕府にはフランス、新政府側にはイギリスがついている構図となっていた。
燐はこの構図を変えているのか?
「総司。燐は今、何をしている?」
「別れる前は、フットボールのチームを作っていたよ」
「フットボールのチーム?」
「リンカーンさんが大統領になったら、南部と北部が戦争になる。その際に、北部が早く勝てるようにヨーロッパの連中を味方につける。そのためには、フットボールの強いチームを作るのがいいってさ」
なるほど……。
スポーツ外交を図って、欧州のアメリカ北部への好感度をあげるというわけか。
いかにも、あいつらしいやり方だな。
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