第8話 燐介、民主党党大会を見物する
ホワイトハウスに入った俺達一行は、まず国務長官のルイス・カスと面会することになった。今回、幕府からの正使として来ていた
要は、通商は決まったとして貨幣の扱いをどうするか、等の交渉だ。
もちろん、一日で終わるわけがない。
翌日、大統領のジェームズ・ブキャナンに会うことになる。ここで大統領に条約の批准書を渡して、咸臨丸の連中は任務完了だ。
彼らはその後もしばらくワシントンに滞在することになるようだ。
これに付き合ってしまうと一、二か月が簡単に過ぎてしまう。
せっかくの日本から面々だから、なるべく一緒にいたいということもあるのだが、民主党、共和党とも党大会が近い。
「出来るなら大統領選候補者選挙に立ち会いたいものだが」
と、ぼやいていると諭吉が賛同した。
「アメリカの大統領を選ぶ場に居合わせる! 何という素晴らしいことだ。是非とも実現しなければならない」
と、正使達と掛け合って離脱を認めさせてしまった。
認めたというより「好きにしろ」と放逐されたという方が正しいかもしれないが。
かくしてワシントンを出発した俺達は、その足でサウスカロライナ州のチャールストンを目指す。
4月23日、ここで民主党の党大会が開催されることになっているからだ。
ちなみに共和党は5月16日から開催される。こちらはシカゴ開催だから、民主党大会が終わればその足でシカゴに帰ればいい。
俺と諭吉がチャールストンに着いたのは4月15日だった。
着いたら、早速スティーブン・ダグラスとオーガスト・ベルモントを探す。
すぐに見つかったが……。
「おう、小僧。よく来たな……」
ダグラスは目に見えて暗い。いつもなら、「よく来たな! 小僧!」という感じだが、今は声の最後の方が消え入りそうな感じだ。
「どうしたの?」
俺はベルモントに聞いてみることにした。
「うむ、どうも見通しが良くなくて、な……」
「見通しというと、勝てないということ?」
「いや、勝つには勝つと思うのだが……」
どうやら、以前から危惧されていた南部の離脱が現実化しているらしい。
ダグラスは2年前のイリノイ州上院議員選挙での論争が尾を引いており、確固たる理論を打ち立てられていない。
何と言ってもダグラスのスタンスは地域の意見が第一だ。だから、北部の奴隷反対、南部の奴隷賛成を両方認めるしかなくなる。その問題点をリンカーンに暴かれ、それに対する力強い回答を見いだせていない。
ダグラスは人脈の広さと実績ではナンバーワンだが、非常に曖昧な立場に陥っていた。
この不安が的中し、党大会は北部側の進行に対して、南部側からブーイングが飛び交うことになる。
議事が進んでも両者の間に協調は生まれず、遂には南部側の議員50人が退席してしまった。
南部側の面々がいなくなったので、議事が速やかに進むのかと思ったら、そう簡単にも行かない。分裂を見た議員達は一様に不安を抱いたのだろう。
民主党候補を決める投票では、ダグラスが一位ではあった。だが、過半数からは遠く、再選挙となる。
この結果にまた多くの者が失望したようだ。再投票の開催が宣言された時、全員の顔が一様にして沈んでいるのが印象的だ。
長丁場になるだろうという思い。その長丁場を開いているという事実が、更に民主党混乱を浮き彫りにし、支持者を不安にさせ、そうでない者を他の党へと向けさせていく。
その悪循環の輪に踏み込んだことが明白だった。
誰も勝利者がいない状況となりつつある。
「大変そうだね」
終わった後、俺はベルモントに声をかけた。
「うむ……。ちょっと袋小路に入り込んでしまった」
「打開策はないのかな?」
「……ダグラスさんに二年前のパワーがあればいいのだが」
「言われてみれば」
俺と再会した時からずっと元気がない。先行きに悲観しているということあるのだろうが、それにしても暗すぎる。「どうしたのだ、小僧!」と力強く叫ぶ、あの口調で呼びかければ、まだ何人かを食い止められるのではないかとも思ったが。
「大分疲れているようだ」
「なるほど……」
無理もないことかもしれない。
リンカーンとの論争以降、ダグラスはずっと自説への批判と対応に追われている。それが全てだと思っていた部分が突き崩されようとしているのだから、動揺も大きなものだろう。
しかも、民主党の代表に選ばれた場合、またもや同じ戦いを行わなければならないのだから。
翌日の再投票でも結果は出なかった。その次も、その次も。
5月に入っても延々と投票を繰り返すことになるが、それでも決着はつかない。
結局、回答を得ぬまま57回も投票した末に、6月18日にボルティモアで再開催することを宣言し、閉会となった。
民主党の混迷は誰の目にも明らかだった。
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