第7話 燐介、ホワイトハウスに行く
その夜、対戦をした面々は夜通しどんちゃん騒ぎをしていた。
その翌日、カートライトとハワイチームはすぐに東に向かうと言う。
「リンスケと会うという目的は果たしたから、今度はニューヨークに戻ってそこで力試しをしてみようと思う」
ということだ。
確かにニューヨークやらフィラデルフィアでは地域チームの対戦が盛んに行われている。ここにカートライトのチームが殴り込みをかけるというのは面白いのかもしれない。
「うむ、我々もワシントンに行くからその際に」
と、日本からも声が上がるが、そこに木村喜毅が「待った」をかけた。
「気持ちは分かるが、咸臨丸の修理が終わったら、船員達は帰らなければならない」
という話をしている。
どうやら、サンフランシスコより東に行くのは批准書をもつ正使・副使ら数人だけで残りの者は咸臨丸と共に帰らなければならないらしい。
アメリカ側も幕府側も滞在費をそれほど多く用意しているとも思えないし、仕方のない話だろう。
「でも、万次郎は会いたい相手とかいるんじゃないの?」
「それはそうだが、どこにいるかもはっきりしないしねぇ。誰もが燐介のように日本の外で好き勝手できるわけじゃないよ」
何だか俺に対する軽い嫌味みたいなことを言っている。
「ひとまず英語の辞書も手に入れたし、当面は日本で指導にあたることとするよ」
「そうか」
俺は頷いて、今度は諭吉を見た。
「うん? 拙者は今後もフットボールとやらを見て回るぞ。昨日のベースボールも非常に興味深いものだった。大の大人が何人も一つの鞠を追うというのは非常に新鮮な体験だったし、カートライト殿の言うニューヨークでのベースボールの状況も気になる。アメリカでなされていることは全て気になる」
「生活費はどうするんだよ」
って、ロクに仕事もせずに「役に立つ立つ詐欺」みたいな感じで収入を得ていた俺が偉そうに言えるものではないかもしれないが。
「いいんじゃないの? 燐介。俺が日本に戻るから、その分を福沢さんにやってもらえば」
総司は一貫して、自分との交代を主張している。
「……仕方ない」
色々不安はあるが、これ以上総司をつれていると新撰組がどうなるかという不安もある。
咸臨丸が総司達を乗せて、太平洋へと出て行った後、俺は幕府の正使達と共にパナマへと向かう。
幕府の偉い方というのは30代半ばから40代、現代日本で言うなら課長から部長になれるかもくらいのちょっとした偉いさんだ。
そういう連中が、海外に来たらどうなるか。
「おい、燐介。あのあたりに旗があるが、あれもアメリカの旗なのか?」
「あれは違うね。メキシコという別の国だよ」
「燐介、変な動物がいるぞ」
「動物のことまで知らないよ」
「燐介」、「燐介」
俺はガイドじゃないっての。
日本人同士で固まってしまい、聞ける相手にのみ聞きまくって、現地人と距離を置くのは過去も未来も変わらないんだな、全く。
とはいえ、彼らにとっては初めて見るものも多いのだから、驚くことが多いのは仕方ない。
パナマで鉄道を見て、「何だ、この鉄の箱は?」、「どうやって動いているのだ?」と仰天している。
「そのうち、日本もこういうものも作れるようにならないといけないね」
と言うと、全員「むむむ~」と唸って、勝手に車輪の辺りを調べ始める。
危ないって。日本の正使が鉄道に近づいて撥ねられたなんてなったら、笑い話にもならないぞ。
パナマ東岸から再度船に乗り、東へと向かう。
一か月くらいかけてワシントンへとやってきた。そこではタウンゼント・ハリスの署名付きの批准書が水戸黄門の
アメリカのいたるところを回っている俺だが、ホワイトハウスに来るのは初めてだ。まあ、現代日本に生きていた頃、映像では何回も見たが。
「ここが日本で言うなら江戸城みたいなところかな」
「これが江戸城か?」
「広さは江戸城ほどではないな」
それはそうだ。江戸城は中に街も作れるが、ホワイトハウスはあくまで施設だからな。
条約批准書を持ってきたということで、官憲からは丁重に扱われるのだが、それでこいつら、調子に乗って、またもお上りさん状態になってしまった。下手な絵を描いてみたり、好き勝手なことをしている。
そうこうしているうちに、「変な奴らがいる」ということで近くの住民が集まってきた。
若干の差別的発言も聞こえてきてそれには頭が来るが、こちらがヘンテコすぎるのも確かで一緒にいるのが悲しくなってくる。
「あんた達ねぇ、上様に会う時にもそんな態度なの!? 違う国だから浮かれているとエライ目見るよ!」
こう言ってようやく、ホワイトハウスの中に連れ込むことができた。
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