第6話 万延元年のベースボール
唐突に野球の三か国対抗戦をやることが決まってしまった。
とは言っても、イリノイチームはフットボールをやりがてら、ベースボールも頻繁に試合をしていたのでルールは完全に把握している。それはハワイも同様だろう。
分かっていないのは日本だけだ。
となると、必然的に俺と総司が日本側につくしかない。この点はあっさりと承諾を得た。
もう一つの問題はルールだ。
カートライトが作ったルールは現代のものとはかなり違う。
そもそも、この時代は四球という概念が存在していない。バッターが空振り三振かるか打つまで永遠に投げ続けなければならないのだ。このあたりはクリケットに近いと言えるかもしれないな。
打たせることが優先なので、投げる方法も下手投げしか認められていなかったし、バッターが「このあたりに投げろ」と指示まで出せる。
そう、この時代、サインはキャッチャーではなくバッターが出していたのだ。
それではいつまで経っても試合が終わらないので、段々短縮化されていった。ストライクとボールという概念が作られ、空振りでなくストライク3つでも三振アウトになった。これに伴って、投げ方のバリエーションも増えてきて横から、上から投げられるようになった。
また、ボールが続くようになったら塁に出られるようになった。もっとも、最初は4つではなく9つのボールが必要で、これが一つずつ減っていって今に至るわけだが。
令和の現在、野球は時間がかかる競技と言われている。
それに応じて、時間短縮策が色々と採られているが、仮に100年くらい前にこの問題が起きていたら「それならスリーボールで塁に出られるようにして、ツーストライクでアウトにしよう」となっていたかもしれない。
もちろん、令和の時代にこんな改革案を出したら大炎上間違いなしだろう。
ただ、そんなものなのだ。
人間は今あるルールがずっと昔から存在していたかのように捉えがちだが、サッカーにしても、野球にしてもそんなことは全然ないわけだ。あまり絶対的なものとして考える必要はないのではなかろうか。
さて、ここで3か国対抗戦をやる場合でも、試合の長さはネックになる。
日本の連中は分からないから、俺はカートライトに思い切って「フォアボールで塁に出ることができ、ストライク3つでアウトになる方式」を提案した。
「残りの2チームの試合を10時間も待つのは大変でしょ? オリンピック種目にするにしても、半日もつきあってられないよ」
「……まあ、確かにそうだな」
カートライトは少し考えて承諾した。多分、有利・不利というより初めてやるに等しい日本チームだととんでもなく時間がかかることになると思ったのだろう。
「まずはイリノイチームとハワイで試合をしてよ。それを見せながらルールを説明するから」
という提案も受け入れられた。
ということで、カートライトのチームと、イリノイチームが試合を開始する。
その間、俺と総司が説明と行きたかったが、審判がいないので俺が立つことになる。懐かしいなぁ、土佐にいた頃はこんな感じだった。
ハワイで鍛え上げていたと自負するだけあって、カートライトのところはブンブン振り回す奴らが多い。今なら、ブンブン振り回す連中は「三振ばかり」ということで使い物にならないが、この時代は見逃し三振がないから、とにかく打てる球だけ待てばいい。遠くに飛ばせる奴は有利だ。
逆にイリノイチームは元々フットボールチームだから、足の速い面々が多い。守備範囲や走塁面で有利だ。
試合は一進一退の末、17-15でハワイチームが勝った。
続いて日本がイリノイチームと試合をする。
試合中、総司が作ったメンバーリストはこうだった。
「一番ピッチャー俺(沖田総司)、二番ファースト燐介、三番キャッチャー福沢諭吉、四番サード
四番木村は忖度だろう。岡田は土佐にいた岡田以蔵と名前が似ているが別人だ。
とりあえず、アウトを取るのに必須のポジションであるピッチャー、キャッチャー、ファーストを信用できるメンバーで集めて、運動量が必要そうなセンターとショートは若い者を入れてみたという印象だ。
正直、接待野球みたいなものだから、メンバーはどうでもいい。
初回、先攻の俺達は総司がヒットを打ち、俺もヒットで続いた。
続く諭吉が思い切り振ったら、これが強烈に左中間を抜ける。
すげえ、さすが一日居合千本やっているだけのことはある。
のだが。
「うわっ! 違うって福沢さん、走るのはあっち!」
何と三塁の方に走り出して、総司と鉢合わせになってしまった。
「おぉっ、そうだった! うっかり打った姿勢のまま走り出してしまった」
三塁に走ってアウトになるって、どこのギャグだよ。イリノイの連中が大笑いしているじゃないか。
そんなこんなで俺達は二試合やって二試合とも21点取られて負けてしまった(元来、野球は21点を先取した方の勝利だった)。
とはいえ、負けた日本側メンバーも走ったり、ボールを取ったりで楽しそうではあった。
だから、まあ、いいか。
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