第5話 野球の父、アメリカに帰る
病死した咸臨丸の船員の墓をサンフランシスコに作りたい。
その手助けをすることになった俺は、翌朝早速、サンフランシスコにある学校の校長に頼むことにした。校長と言えば町の名士と相場が決まっている。
「墓は構わないよ。土地はいくらでもあるし。ただ」
話自体はすぐに聞き入れられたが、一つ提示された条件があった。
それを日本側が飲めるかどうか。
それは聞いてみないと分からない。俺は昼前に勝を呼び出した。
「墓地を用意するのは構わないんだけど、ここにはキリスト教式のやり方しかないから、日本のしきたりには合わせられないって」
日本人は宗教意識が希薄だという話はあるが、それでも、令和の時代でも、葬式の際には仏式だったり神式だったりと色々と気を遣う。ましてや、自意識が遥かに強い19世紀、強い反対が起きるかもしれない。
「……まあ、仕方ないわな」
と思ったが、勝はあっさりと了承した。
責任者の
かくして、
これで一段落、あとは咸臨丸の修理が終わるのを待てばいいと思っていたら……
「おーい、リンスケはいるか?」
埋葬が終わった日の夕方、夕食を食べていたところに学校の校長が現れる。
「あれ、墓の件で何かあった?」
今頃になって埋葬の仕方でトラブルになったのだろうか。俺は一瞬不安になったのだが。
「そうじゃない。さっき港についた連中がおまえさんを探しているぞ」
「俺を探している?」
「ああ、ハワイから来たカートライトって人達だけど」
「カートライト!?」
俺は仰天した。
あの、現代野球を考案したアレクサンダー・カートライトがハワイから俺に会いに来た?
あ、そうか!
咸臨丸もここに来る途中にハワイに立ち寄ったんだ。それで俺のことを思い出して、アメリカに戻ってきたんだな。
カートライトだったら話は別だ。会いに行こう。
「一体、どうしたのだ?」
と、そこに諭吉がけげんな顔をして近づいてきた。勘のいい奴だ。
総司が「来れば分かるよ」と促したので、ついてくる。
港の方に行くと、15人くらいの逞しい男が路上で飲み食いをしていた。
その一団に向かって、校長が「おーい、連れてきたぞ!」と叫ぶ。何人かがこちらを向いた。そのうち、一番近い男は紛れもなくアレクサンダー・カートライトだった。
「リンスケ!」
「久しぶりだな、カートライトさん!」
と、気軽に挨拶しようとしたところで、俺は一つまずいことに気づく。
以前、ハワイで「ベースボールは俺に任せろ」と啖呵を切り、「おまえに任せた」というようなことになった。にもかかわらず、俺はその後、ほとんど野球の普及に努めていない。今だって、フットボールチームを連れているわけだし、な。
これを知ったら、気を悪くするかもしれない。
一瞬、そう思ったが、杞憂だった。
「ハワイの新聞で読んだぞ! おまえ、オリンピックなる面白いことをやろうとしているらしいな」
「えっ? あ、まあね……」
そうか。ハワイにもロンドンでのやりとりが新聞となって伝わっていたわけか。
「ベースボールもその中に入れてくれよな!」
「も、もちろん」
ベースボールはなぁ。
東京オリンピックでは復活したが、令和の時代だと、対象外競技になっているんだよな。
「見ろ! このチームを。俺がハワイで鍛え上げたチームだ!」
なるほど。何で15人もいるのかと思ったが、自分のチームを連れてきていたわけか。
「おまえに会うまで、アメリカ中で試合して回ろうと思っていたのだが、いきなりサンフランシスコで会えるとは幸先がいい。早速試合をしようじゃないか!」
「あー、まあ、構わないよ」
俺が連れているのはフットボールのチームだから、カートライトが鍛えたチームとなるとベースボールでは相手にならない感がある。
とはいえ、彼がまたベースボールに情熱を燃やしているのなら、それは結構なことではないかとも思う。
「一体、何の話なのだ?」
諭吉は話についていけず、目を白黒させている。そこに総司が説明を加えた。
「一言で言えば、ハワイとサンフランシスコの対抗戦みたいなものだね。日本で言うなら仙台伊達家と福岡黒田家が試合するようなものだよ。勝ったから何かがあるわけではないけど、名誉がかかっているわけ」
「何……アメリカの対抗戦?」
「百聞は一見に如かず。咸臨丸のメンバーを加えて、日本も参加してみたら?」
「えっ?」
「おぉ、面白いではないか! 早速木村様に伝えてくる!」
諭吉が予想以上にノリノリで屋敷へと走り出した。
諭吉は剣術がかなり出来る。だから、剣術の試合みたいな感覚で捉えているのかもしれないが、ものすごい食いつきぶりだ。
咸臨丸の面々も諭吉の勢いに押されたのだろう、あっさり承諾した。
かくして、1860年3月、サンフランシスコで三か国対抗戦が始まることになってしまった。
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