第4話 燐介、船員の墓所探しに協力する

 咸臨丸でサンフランシスコにやってきたメンバーのうち、福沢諭吉が俺についてきたいと言い出した。

 これ、認めてしまったら、幕末にかなりの影響が出てこないかなと不安になるが、記憶を戻した山口が協力している。

 奴は俺よりも幕末のことは詳しい。山口が大丈夫だと考えている以上、俺もそこまで深刻に受け取らなくてもいいのかもしれない。

「ちょうどいいんじゃないか? 諭吉が燐介のそばにいるなら、俺が帰れるし」

 総司も賛成している。

 確かに総司の帰国問題はある。そろそろ帰らせないと新撰組に大きな影響が出てしまう。一方で、総司が帰ると相棒的な存在がいなくなってしまう。そこに諭吉を、というのは確かにアリなのかもしれないが。

「ところで燐介よ」

「何だ?」

 損得勘定をしていると諭吉が尋ねてきた。

「アメリカにはこれまで何人の大統領がいたのだ?」

「15人じゃないかな」

 リンカーンが16人目だが、まだなっていないからな。

「子孫は大きな領地を持っているのか?」

「どうだろう? 持っていないんじゃないか?」

 例えばワシントンの子孫がどこで何をしているか、聞いたこともないからな。

「そうなのか?」

「この国は、平民であっても大統領や知事になれるからな。終わったら、元の平民に戻ることになるだけさ」

 誰でも大統領になれる、というシステムはやはり衝撃のようだ。

「信じられない話だ。ということは、平民でも大統領になれるような教育を受けられるということか。日ノ本ではそのようなこと、望めそうにないというのに」

「あ、いや、そうでもないと思うけど」

 むしろ、この時代、日本の教育レベル自体は優秀な部類だったと聞いている。

 ほぼ全員が自分の名前くらいは書くことができたわけだし。

 日本が明治期にかけて大きく発展できたのは、全体的な教育レベルが高かったからだという話もあったはずだ。

 だから、この点では諭吉は勘違いしていると思うが……

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずということか。武士というものはなくさなければいけないのかもしれないな」

 何だか横で物騒なことを言い出した。

 この時代の人間は、本当に思い込みが激しいところがある。相手をするのが大変だ。


 気が付いた夕方になっていた。

「拙者は皆のところで食事をするが、燐介と総司も来ないか?」

 諭吉から食事に誘われるが。

「いやー、いいよ」

 正直、こっちの食事に慣れてしまったこともあるし、食事の席に出ようものなら全員からあれこれ聞かれてものすごく面倒な思いをしそうだ。

「そうか。拙者もこちらの食事をしたいのはやまやまだが」

「やまやまだが……?」

「一人で飲むと酒代がかかってかなわない。だから皆と食事をするしかないのだ」

「ああ、そう……」

 酒好きだったのか。

「しかし、そんなに日本から酒を持ってきているのか?」

「いや、日本酒は最初の三日でなくなっている。途中からはアメリカ軍の持っていたビールを飲んでいる。あれは美味いなぁ」

 余程好きなのかうっとりとした顔をしている。

 そんなにビールが好きなのか。

「酒の飲み過ぎには気を付けた方がいいんじゃないか?」

「うむ。拙者、酒で失敗したことも多々あるからな」

「なら、アメリカに来たんだし禁酒したらいいんじゃないか?」

「うむ。禁酒は考えている。だが、ビールは拙者の知る酒とは違う造りをしている。あれは酒ではないから、いくら飲んでも構わないと考えている」

「そんなわけあるか!」

 バナナがおやつに入るか入らないか考えている、遠足前の子供みたいなことを言っているんじゃねえ!


 ということで、俺と総司は諭吉と別れて、チームメンバーと一緒に近くで軽い夕食を食べた。

 食べ終わって、外に出てみると咸臨丸のメンバーが泊まっているレストランからはどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。相当楽しそうにやっているらしい。気になる、様子くらいは見てみたい、と思っているとレストランから一人出てきた。

 あれは勝海舟じゃないか。一人で出て来て、何をしているんだろう?

 と、向こうと視線が合った。

 近づいてきて、質問を投げかけられた。

「おまえさんは、このあたりにも詳しいのか?」

「詳しいわけじゃないけど、どこか行きたいところでもあるのか?」

「行きたいってわけじゃねえけどな」

 勝はそう言って、鼻をおさえる。

「俺も大変だったが、あの船の中で三人、重度の船酔いになってしまってよぉ。一人は航海中に、二人もさっきまでのうちに死んじまった。日本に連れ帰ってやれたいのはやまやまだが、船に棺桶を載せるのも縁起が悪い。ここで埋葬しようと思っているんだが」

「あー……」

「せっかくだから、見晴らしのいいところがいいのだが、俺ではそうした段取りができないんでな。手伝ってくれんかね?」

「つまり、サンフランシスコの偉いさんに頼めばいいわけだな」

「頼むよ」

「分かった。明日までに聞いておくよ」

 俺は引き受けて、その場で別れた。

 勝は海の方へと歩いていく。


 見えなくなる寸前に再度振り返った時、彼は太平洋をじっと眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る