第2話 燐介、諭吉より山口の手紙を受け取る
「拙者は福沢諭吉と申す。山口殿から宮地燐介に会うように言われた者だ」
「福沢諭吉!?」
何ぃ、俺の目の前に一万円札がいる、だと?
まあ、さすがに一万円札は失礼か。
しかし、福沢諭吉というと慶應義塾大学の設立者であって、学者というくらいのイメージだったが、幕末にいたんだなぁ。
「……拙者がどうかしたか?」
諭吉が呆気にとられた顔をしている。それはそうだ、いきなり名前を叫んで固まっている奴がいたら、俺だって不気味に思うだろう。
「すまない。何か聞いたことがあった気がしただけだ。山口は何と言っていた?」
「変わったことをしているから、手助けをしてやってほしいと言っていた」
手助けか。
確かに、総司はそろそろ日本に帰した方がいい。そうなると、俺にとっては助手がいなくなるから、誰かしら手助けが欲しいのは間違いない。
しかし、彼はどうなのだろう。頭はいいのだろうが、護身術という点では……
「そうそう、手紙を預かっていたのだった」
諭吉が懐中から手紙を取り出して、俺は思わずつんのめりそうになる。
先に出せよ!
受け取った手紙を開いた。
『燐よ、元気にしているか。こちらは何かが変わることもなく時が流れている。松陰先生は昨年10月末に斬られた』
「うっ」
そうか、松陰。結局、安政の大獄の犠牲になってしまったのか。外国に関する視点はかなり変わっていたと思ったのだが、歴史というものはそう簡単には変わらないのかもしれない。
『この度、福沢諭吉を派遣した。この者、オランダ語は達人にして、英語もほどほどできるものだ。また、剣術の達人にして』
「えっ?」
俺は思わず二度見した。
福沢諭吉が、剣術の達人?
「どうかしたのか?」
「あ、いや、諭吉さんって、剣術、強いの?」
「強いかどうかは分からぬが、居合については一日千本を欠かすことなく鍛錬している」
マジか……。
人は見かけによらない者だ。いや、俺達現代人の一方的な思い込みなのかもしれないが。
『頭もよいゆえ、必ず役に立ち申そう』
山口がそこまで勧めるのであれば、連れていくことにするか。
『追伸 早稲田はまだ出来ていないが、慶應は原型が出来ている』
うん?
何だ、最後のこの一文は……?
「そこは拙者も全く分からなかったのだ。一体何のことだろう?」
諭吉が覗き込んでくる。
覗くな。
というか、おまえ、こっそり読んでいたのかよ?
まあ、俺だってこんな形で受け取って、アメリカまで何日も暇だったら絶対読むだろうけれど。
慶應の原型というのは、慶應義塾のことだろうか。
「諭吉さんってどこかで塾でも開いていたの?」
俺が何の気なく尋ねると、待っていましたとばかりに長々と話し出す。
「よくぞ聞いてくれた。そもそも、拙者は適塾で緒方洪庵先生に習い、その後うんぬんかんぬん……」
「つまり、塾をやっているわけね」
それが慶應義塾に繋がっていくということだろうな。
一方の早稲田というのは早稲田大学のことだろう。こちらは設立者の大隈重信がまだ佐賀が志士としての活動をしているから、それどころではない、ということなのだろうな。
「……!?」
いや、ちょっと待て。
慶應義塾と早稲田のことを知っているということは。
山口の奴、やはり俺と同じく21世紀の記憶を持っていて、それを思い出したということか!?
「待った、待った!」
突然、船の方から俺に声をかけてくるものがあった。
「こんなところに日本人がいるとは思わなかったぜ。一体、どうやってアメリカまで来たんだ?」
と馴れ馴れしく話しかけてくる顔には見覚えがある。彼が勝海舟だろう。
「おっと、紹介が遅れたな。俺は勝……」
「勝殿には責任者としての仕事があるんじゃないのか?」
諭吉が厳しめの口調で言う。勝海舟が「おっと、そうだった」と離れていくと、うんざりとした顔で文句を言い始める。
「あいつは、船の中では散々な様子だったのに、
「そ、そうなの?」
何故かよく分からないが、福沢諭吉は勝海舟のことが嫌いらしい。
作者注:史実でも、福沢諭吉と勝海舟は良い関係でなかったそうです。
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