第21話 燐介、ジョン・ブラウンの公判に立ち会う

 マルクスをイギリスに追い返した後、俺はスティーブン・ダグラスとリンカーンに状況を報告することにした。


「気にするな! 小僧! 反逆者が処刑に遭うのは仕方ないことだ」


 ダグラスは全く気にする素振りはなかった。おそらく、今回の件でダメージを受けるのはより黒人奴隷に近い立場の共和党サイドだと踏んでいるのだろう。


 となると、リンカーンの反応が気になるが。


「まあ、仕方ないね。リー指揮官のやり方に従ってくれたまえ」


 と、こちらもあっさりとした対応だった。


「共和党は大丈夫かな?」


「うーん、まあ、無傷では済まないだろうけれど、より被害を受けるのは他の候補だろうからね」


 現金なものである。


 ともあれ、イリノイの両候補からフリーハンドを与えられたので、大分気楽になる。鼻歌交じりとまではいかないが、穏やかにバージニア州のチャールズタウンに向かった。バージニア州の中でももっとも東の方に位置している場所で、裁判が開かれる場所だ。



 ジョン・ブラウンが収容されているという監獄に行くと、何人かの黒人が入り口近くに集まっていた。全員が不安そうな顔をしているところを見ると、心情的にジョン・ブラウンを支持している者達が集まっているらしい。


 とりあえずロバート・リーを探して、状況を確認しなければならないのだが、リーの姿が見当たらない。


 誰かに聞いた方がいいかと考えたところで、近くを歩いていた髭の濃い男が声をかけてきた。


「君は、日本から来たというリンスケか?」


「そうだけど?」


 髭は濃いのだが、正面から見ると、結構なM字の薄毛だ。もちろん、こんな失礼なことを口にしたりはしないが。


「リー大佐から命令を受けている。君が来たら、色々話を聞いておくようにとね。あぁ、申し遅れたけれど、私はトーマス・ジャクソン。少佐階級だ」


「ロバート・リー大佐はどうしているの?」


「大佐は各方面との折衝で忙しいようだ。私がブラウンの警護をはじめとした諸々の役割を任されている」


「ブラウンの警護……」


「過激な黒人連中が奪還に来る可能性があるからね。というより、実際にあった」


「あったの!?」


 驚いて、改めて門のあたりを見回したが、正直、奪還計画を警戒しているという程の厳しい警備体制には見えない。何より、「あった」と言っているジャクソン自身が割とのんきな態度を示している。


「ブラウンの以前の仲間が救出を打診したらしい。ただ、ブラウン本人が断った」


「何でそんなことが分かるの?」


「ブラウンと救出しに来た者が教えてくれたよ。彼は信念の下に死にたいということだ」


「でも、まだ、死刑が決まったわけではないだろ?」


「うーん。まあ、まだ決まってはいないけど、他にありえないんじゃないかな」


「なるほど……」


 裁く側のバージニア州が望んでいて、本人もそうなりたいと思っている以上は、そうなるんだろうな。


「まあ、場合によっては君の証言が求められる可能性もある。当日はできれば参加してくれると有難い」


 ジャクソンにそう頼まれ、俺も断る理由はないから出廷することになった。



 11月20日、俺は出廷した。


 裁判なので、弁護士と検察官がそれぞれの主張をしている。


 ジョン・ブラウンの犯罪についてはバージニア州に対する反逆と、黒人奴隷を反乱に唆そうとした二点だ。弁護士は「結局ブラウンについていった黒人奴隷はいなかった」と言い、「ブラウンを裁くことができるのは連邦政府で、バージニア州は関係ない」と主張しているが、まあ、形だけの弁護のようで、周囲の反応は無関心だ。


 これに対して検察側が、ブラウンがかねてから危険な言動をしていたこと、また、ブラウンの行動によりバージニア州が危機にさらされたことを説明すると周囲からやんやと喝采が上がる。


 当のブラウンはというと、ニヤニヤしている。これはこれで中々不気味だ。


 20分後、両方の嫌疑で死刑判決が下った。12月2日に実行されるという。


 判決を聞きながら、ブラウンは腕組みをして頷いていた。


 裁判官に「最後に何か言うことはあるか?」と尋ねられると、ブラウンは立ち上がった。


「私は、これまで聖書を読んできて、神は不公平を嫌い、貧困を嫌うものであると信じてきた。今回の私の行動は、そうした不公平や貧困を解消するためのものであったと私は信じている。ゆえに私が間違っていると言われるのは理解できない。ただ、私自身が死刑となることについては何の問題もないことである」


 そうして、彼は映画の俳優ばりにぐるりと回って語り掛けた。


「正義の実現のために、私の命が必要であるならば、喜んで捧げよう。この邪悪な奴隷の国において、私の血を、子供達の血や奴隷達の血と混ぜ合わせ、共に流す必要があるということならば喜んで流そう! さあ、やっていただきたい!」


 かくして裁判は終結した。



 ブラウンの死刑は決まった。


 予想通りの判決だが、本人すら望んでいるものだ。


 そんなものだろうと思いつつも、21世紀人の感覚として理解できない、という思いもある。


 ふと吉田松陰のことを思い出した。


 この世界ではどうなっているのか分からないが、松陰の理念は「行動あるのみ」である。その結果としての死刑すら、あまり恐れていなかったように思える。ブラウンも似たようなものかもしれない。



 この時代に生きる奴は、みんな生き方が濃すぎる。


 勘弁してほしい。

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