第20話 燐介、マルクスと試合を約束する
フレデリック・ダグラス相手に黒人の武装革命を散々力説したカール・マルクスだが、ダグラスは応じることはなかった。知り合いのジョン・ブラウンにだって応じなかったのだから、当然と言えば当然だろう。
「もし差支えがなければ、ウィリアム・スワード氏に取り次ごうか?」
それでも、マルクスの意見に一定の真理は見たようで共和党の大物スワードとの面会を提案したのであるが……。
「スワード? あれはダメだ! あいつは日和見過ぎる!」
マルクスは一瞬で却下した。
スワードは日和見かもしれないが、おまえは滅茶苦茶なのだと耳元で叫んでやりたい。
というか、アメリカ好きだけあって、こいつ、俺よりアメリカの政治家などについて詳しいから厄介だ。
こいつが下手に動くと歴史がますます変わってしまうかもしれない。リンカーンの勝利が崩れてしまったら目もあてられない。
仕方ない。こうなったら、俺の得意分野に持ち込むしかない。
「なあなあ、マルクスさんよ」
「何だ、リンスケ?」
「この前、フットボールチームを優勝させたと言っていたよね?」
「そうだ。自慢ではないが、吾輩が指揮をするチームは無敵といってもいい。革命的なチームだ」
「俺もフットボールチームを持っていて、まあまあ悪くないと思っているんだ。どうだろう、年が明けたら、イギリスで試合をしてみるということでどうだろうか?」
「なぬっ? 吾輩のチームと試合だと? リンスケには色々教えてもらった恩があるから泣かせるには忍びない」
こいつ、どこからこんな自信が出てくるんだ?
まあ、相手からすれば「このガキはどうして根拠もないのにこんなに自信満々なんだ」と思っていそうだけれど。
「マルクスさんが勝ったら、俺の知っている人なら誰とでも会わせてもいいよ」
万一があるので、あまり大きな譲歩はしたくないが、ここは仕方ない。
「何? リンスケ、おまえは確かフランスやイタリアにも多くの知り合いがいたな?」
「そうだよ。誰に対して革命を説いても構わないぜ。勝ったら、ね」
「……良かろう。ならば、おまえのチームというものを見せてもらい、そのうえでロンドンに帰るとしよう」
……良かった。
とりあえず、これ以上、アメリカに介入することは避けられそうだ。
チームを見せるということになったので、マルクスを連れてシカゴに戻ることになった。久しぶりのシカゴ、正直、短い間に色々なことがあって、一年二年くらい経ったんじゃないかと思うくらいだ。
早速、マルクスを連れて練習場へと向かった。こいつが相手なら、黒人チームを見せても大丈夫だろう。
「何!? 黒人のチームがあるだと?」
練習に出てきた黒人少年団を見て、マルクスが仰天している。その仰天は、練習が始まると更に大きなものとなった。練習のスピードや選手の身体能力に圧倒されているのだろう。
「どうだい?」
ぽかんと口を開けているマルクスの前で手を交差させる。
マルクスはうつむいた。しばらく考えて、「そうだったのか!」と叫ぶ。
「……?」
相変わらず訳が分からない奴だと思った瞬間、マルクスが叫んだ。
「リンスケよ! 吾輩は今、悟った! 革命はおまえが指揮すべきだったのだ!」
「はあ?」
「人には得意・不得意がある! 吾輩が革命の精神を説き、リンスケがそれにふさわしきチームを作り、フリードリヒが指揮をする! これができれば欧州中を赤く染め上げることができる! リンスケよ、共に革命に生きようぞ!」
「嫌に決まってんだろ!」
「ならば、吾輩のチームが勝てば、革命を戦おう。同志よ!」
「負けた時の条件が酷すぎるだろ!」
こっちが勝っても何もないのに、何で負けたらそこまで酷いことになるんだ!
翌日、マルクスは「吾輩のチームも鍛えなければならない」とニューヨークへと戻っていった。これでとりあえず、アメリカの平穏は確保されたわけだ。
いや、アメリカ自体も全然平穏になったわけじゃないけど。
しかも、俺の周りが面倒なことになってしまった。
俺は徹底的に拒否したが、マルクスのあの性格だ。勝てば絶対に蒸し返すに決まっている。
日本とアメリカの不平等条約が子供に見えるほど酷い条件だ、全く。
「そういえば、日本はどうなっているんだろうな?」
総司が西の方を向いて言った。
日本を出てもう五年か。確かにどうなっているのか気になるところだ。
今は1859年の年末くらいだから、安政の大獄が行われているあたりか。
ただ、吉田松陰や山口という存在がいるから、ひょっとしたら変わっているところもあるのかもしれないが。
「……ジョン・ブラウンの件でバージニアに行くときに、ワシントンにも寄って、日本のことを聞いてみようか?」
以前、総司は日本からの船が来たらそれに乗って帰ることを話していた。
記憶があやふやだが、確か来年には日本から咸臨丸が来て、勝海舟や福沢諭吉といった面々がワシントンまで来るのではないかと思う。
ひょっとしたら、山口もいるかもしれない。
「そうだな。日本からの船が来るなら、俺も日本に帰るよ」
総司も同意した。
また色々日本との関わり合いが出てきそうだ。
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