第19話 革命家、アメリカに来る

 ジョン・ブラウンの裁判は予断を許さない状態だが、次の予定もあるので、俺達は一回ニューヨークに行くことになった。


 ただ、11月後半には公判が開かれるので、出席してほしいとリーから依頼される。これは北部と南部の関係に関することでもあるのでやむを得ないだろう。一か月あればシカゴに戻って、ダグラスやリンカーンと相談することも可能だろうから都合がいい。



 11月20日にリッチモンドを出て、ニューヨークへと入った。


 黒人学校を訪ねて、フレデリック・ダグラスにも伝えようかとなった時、港の方から声がかけられた。


「おお、そこにいるのはリンスケ・ミヤーチではないか!」


 誰だよ?


 港の方を向いた俺は、思わず「げげっ!?」と声をあげた。総司も「えっ、何であんたがここにいるの?」と叫んでいる。


「ハハハハハ、吾輩は遂にアメリカに来たぞ!」


 相変わらず微妙なレベルの英語を、やたら自信満々に話している男。


 自称真なる革命家カール・マルクス。


 こいつ、確か本来の歴史ではアメリカに来たことなんかなかったはずなのに、どうして?



 そうでなくても黒人奴隷解放問題の過激派に関わっているのに、更に共産主義のカール・マルクスまで絡んでくるとあっては。


 厄介ごとしか連想できない。頭が痛くなってきた。


「……何をしに来たんだよ?」


「うむ。ここアメリカで悲惨な境遇に耐えている黒人奴隷達に革命たるものを教えようと考えてやってきた」


「……」


 予想通りの返事が帰ってきた。


「旅費はどうしたんだよ? エンゲルスに出してもらったのか?」


 マルクスは以前からアメリカに行きたがっていたが、「生活費がない」という理由で来ることができていなかった。逆に言うと、ここに来たということは生活費の問題が片付いたということになるんだよな。


 まさか、『資本論』が急に売れるようになりました、なんてことはないだろうし、一体どうやって資金を工面したんだ。


「リンスケよ! おまえのおかげだ」


「えっ? 俺のおかげ?」


「吾輩はフリードリヒの会社のフットボールチームを監督するようになったのだが、それが地域大会で優勝したのだ! フリードリヒの会社は有名になり、吾輩もボーナスをいただいてアメリカに旅行に来たというわけだ!」


 旅行か。良かった、移住とかなったら最悪だった。


「ここでリンスケに会えたのも天の配剤という奴だろう! さあ、吾輩を南部の奴隷州に連れていってくれ!」


 冗談じゃねえよ。


 そうでなくてもブラウン事件でピリピリしている南部に、こんな奴を連れていった日には、火に油とガソリンを注いで、ダイナマイトを投げ込むようなものじゃないか。連れていけるはずがない。


「ここニューヨークに黒人の知識人がいるから、まずはそいつと話をしてくれ」


 ニューヨークでブラブラしていれば、そのうち金がなくなってロンドンに帰るだろう。


 そう期待するしかない。



 俺は黒人学校の方に向かって、フレデリック・ダグラスと面会した。


「実は……」


 まずはジョン・ブラウンの件について説明をする。


「俺としては、彼らを南部の指揮官に教えるつもりはなかったんだけど、彼らが俺達フットボールチームの一味だと言い張って移動していたみたいなので、『それは違う』と言うしかなかったんだ」


 こう説明すると、フレデリック・ダグラスは「仕方ない」と肩をすくめた。


「ブラウンの考えはどう見ても危ういものだった。リンスケが言わずとも、誰かが南部の者達に言っただろう。それにブラウンに付き従った者も20名程度だったのだろう? 成功するはずがない」


「そう言ってもらえると俺も助かる。ところで……」


 言いづらいが、とりあえず面倒な奴のお守りを頼むしかない。


「ロンドンから変な奴が来ているんだ。カール・マルクスと言って、10年くらい前にヨーロッパで革命を起こそうとして失敗した奴だ」


「……ほう?」


「現実を全く見ない点ではジョン・ブラウン以上なので、できればあんたからガツンと言ってやってくれないかな?」


「……よく分からないが、話なら応じるよ」


 ダグラスが同意してくれたので、マルクスを連れてくることにした。



 マルクスは「ハッハッハ」と肩をいからせながら部屋に入った。


「吾輩がカール・マルクスである! このアメリカを変えるためにやってきた!」


「……アメリカをどう変えるんですかな?」


「武器だ! 武器こそがアメリカを救う!」


「……」


 フレデリック・ダグラスが唖然とした顔でこっちを向いた。


 そんな顔をしないでくれ。俺だって、関わり合いたくないんだ。


「武器がどう救うんですか?」


「簡単だ。南部の奴隷共に武器を持たせてみよ。南部の連中は奴隷を監視するために警察や憲兵が必要となる。つまり、そうでなくても少ない兵士を治安維持に割かなければならないから、南部は北部と戦争することができなくなるわけだ」


「ふうむ……」


「黒人に武器を持たせよ! そうすれば、北部が勝つ!」


「ただ、それは南部が認めないでしょうね」


「ならば実力行使だ! 武装させよ、革命だ!」


 ちょっと、こいつぶっ飛ばしたくなってきた。

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