第13話 燐介、ジャマイカで逸材を探す②
「うーん……」
二時間後、俺はダーリン卿に用意してもらった宿舎で渋い顔をしていた。
「速いは速いんだが、何か、こう、もうちょっとと言うか……」
俺の泣き言に総司も同調する。
「そうだな。あれだったら、シカゴで探してもあまり変わらないかもな」
結果は端的に言って、期待外れだった。総司の言うようにシカゴで探してももう少し速い奴はいそうだ。
「もっとすごいのがいるはずなんだが……」
と首を捻っていると、ノックがした。ダーリン卿が入ってくる。
「どうでしたか?」
こいつ、どうやら俺がバーティーと本当に知り合いらしいと踏んだのか、急に下手に出てくるようになった。
「いやぁ、もう少し足の速い子が欲しいな」
「変わっていますねぇ。でも、速い男や強い男なら、ここで探してもダメだと思いますよ」
「何……?」
「ファルマウス付近のマルーン達ですよ。彼らは奴隷時代も物凄く強かったそうで、以前の総督達が苦労したそうです。あの一角、トレルーニー教区で探す方がいいと思いますね」
「……それだ!」
そうだ。
確かにジャマイカ人アスリートは一部の区画出身者がほぼ全員を占めているという話を聞いた。最も手ごわそうな奴隷達を僻地の逃げにくいところに押し込めていたらしい。
よし、ファルマウスに行こう!
翌日、早速馬車を借りてファルマウスへと向かった。
マルーンというのは、野生に帰った馬を意味するらしい。どういうことかというと、奴隷達が逃げ出して、近くで住むようになったのを野生に帰ったと表現したらしい。
何とも失礼な話だが、ともあれ何人かの奴隷達が独自のコミュニティーを作り上げて、生活するようになった。人数が増えてくると教区の強い奴隷達と組んで、イギリスに対して抵抗するようになったらしい。
彼らの強さは色々な伝説になっているほどで、伝説の女戦士ナニーは銃弾を素手で掴んだとかいう。
聞くからにして、強そうな連中だ。
ということで、イギリス人も彼らと戦うことは避けて、現在は金で傭兵として雇っているらしい。
俺達はファルマウスに着くと、スパニッシュ・タウンの時と同じように早速募集をかけた。
三日後。
「……」
最初の走者が走り抜けた後、俺は総司を見た。目が点になっている。
もっとも、俺の目も多分同じだろう。
「すげえ……」
スパニッシュ・タウンの面々とはモノが違う。募集に応じたのは13人だったが、一番遅い奴でも、スパニッシュ・タウンでは一番速いかもしれない。
伝説の民族なんてフィクションの話かと思っていたけれど、本当にあるんだな。
「こいつら全員でいいんじゃないの? スパニッシュ・タウンの面々はやめておこうぜ」
「そうしたいのはやまやまだが」
スパニッシュ・タウンでも「この条件で採用する」と言ってしまったわけだからな。それを曲げてしまうと、筋が通らない。
実際のスポーツの世界ではそうした騙しというか、より良い選手が出てきたら簡単に前言を翻すことはままある。チームの運営資金も限られている。可哀相だからみんな採用というわけにはいかない。
ただ、俺達はスタート時点のチームだから、選手も兼業だ。
21世紀のアスリートのように莫大な年俸を払うわけでもない。
「……ま、五人いれば何とかなるよ」
スパニッシュ・タウンで採用と宣言した4人に、ここで決定した5人。
合計9人を連れて帰ることにした。
満足な収穫を得て、俺と総司はキングストンに戻って来て、アメリカ海軍の船を待つ。
「私のことをくれぐれもよろしく。是非ともインドかヴィクトリアの方へ」
ダーリン卿はしつこくそのことを頼んできた。オーストラリアなんてこの時代は流刑地なのに、そんなに行きたいものなのかねぇ。広いは広いけど。
「まあ、手紙では推薦しておくよ」
とはいえ、彼の助言がなければ、トレルーニー教区のことに気づかないまま中の上くらいの面々を連れ帰っていたかもしれない。
一応、バーティーへの手紙に名前くらいは書いておいてやるか。
後日談になるが、ダーリン卿はこの四年後、望み通りにオーストラリア・ヴィクトリアの総督になったらしい。俺の手紙が功を奏したのかどうかは知らない。
彼がオーストラリアに去って二年後、ジャマイカではマルーン達が再度大きな反乱を起こして総督府は鎮圧に失敗し、最終的にイギリス領ジャマイカという形となる。インドと似たような図式だな。
ジャマイカが最終的に独立するのは、1962年のことだ。
作者注:尚、ウサイン・ボルト、ベロニカ・キャンベル・ブラウン、マイケル・フレイター、ローズマリー・ホワイト、サーニャ・リチャード・ロス、ベン・ジョンソンなどがトレルーニー教区出身者となっています。
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