第12話 燐介、ジャマイカで逸材を探す①

 かくして、俺はトレーニングメニュー表を残して、総司とともにボルティモアからカリブ海へと出発した。



 カリブ海というと、バッカニアと呼ばれる海賊達が有名だが、この時代にはほぼ駆逐くちくされている。


 そもそも、カリブ海で海賊が暴れられたのは、ヨーロッパ本国から大西洋を隔てて鎮圧に行くのが面倒だったということがある。もちろん、南米の植民地にも海軍はあるわけだが、本国のものと比較すると弱かったからな。


 この時代はアメリカ海軍が強力になっており、カリブ海全域に展開できるようになった。だから、海賊が暴れられる場所はなくなっていたというわけだ。



 ジャマイカは南東部に主要都市が集まっている。21世紀の首都であるキングストンがあり、そこから少し内地に入ったところにこの時代の首都であるスパニッシュ・タウンがある。


 アメリカ海軍の紹介状と、以前、バーティーがくれた『こいつは俺の友達だから負担にならない程度で協力してやってくれ』という手紙、二つを持ってスパニッシュ・タウンのジャマイカ総督府まで訪ねてみた。


 総督のチャールズ・ヘンリー・ダーリンという男は、やたらと勲章をくっつけている男だった。


「私は、バルバドス、セント・ルシア、南アフリカ、ニューファンドランド(カナダ)にこのジャマイカ、大英帝国の多くの植民地を任されているのだ。行っていないのはデリー(インド)とヴィクトリア(オーストラリア)くらいだな」


 聞いてもいないのに、そんなことを説明して威張っている。


「黒人の少年を何人かアメリカに連れて行きたいんだけど、いいかな?」


 用件を切り出すと、怪しむような目つきだ。


「我が大英帝国では黒人といえども奴隷のように扱うことは許されていない。すなわち1833年に奴隷制度廃止法案が通り、今はいかなる場所でも認められていない。奴隷が認められている後進国アメリカに黒人を連れていくということは、人道上許されることではない、な」


 人道上許されないと来たか。


 アメリカに対する日本も大変だったが、アメリカもイギリス相手だと本当苦労するな。


「大丈夫だよ。連れていくのはイリノイ州で、イリノイは黒人奴隷を認めていないから。現地の民主党議員のスティーブン・ダグラスが仕事を斡旋あっせんするから、ここよりいい条件で仕事できるし、フットボールの能力が高ければ更に報酬があるかもしれないし」


「……ここより、良いだと?」


 ジャマイカにいるより、アメリカの方が良いという言葉が癇に障ってしまったらしい。あれやこれやと文句を言い出した。


「分かった。プリンス・オブ・ウェールズに、ダーリン卿から断られたと報告しておく」


「あああ! 待ちたまえ! 何も認めないとは言っていない。ただ、連れ出すには手続というものがあってだねぇ」


「だったら、その手続の用意をしておいてくれよ。俺は数日かけて探すからさ」


「わ、分かった……」


 バーティーの威光を持ち出したら、あっさりと引き下がった。


 格式がどうこう言うのは、大体においてより上の権威に弱いんだよ、な。



 近くの学校で、先程ダーリン卿にも説明した条件で、早速少年達を集めた。


 どの程度の募集があるか不安だったが、その日のうちに十人以上が申し込んできた。ただし、条件として「家族みんなで行きたい」というのが多い。自由を得たとはいっても、ジャマイカは小さいところだし、未だにイギリスに対する反感も強いようだ。


「家族の分の仕事までは約束できない。何も仕事がないということはないと思うけど……」


 それでも結構集まってきた。「ここよりアメリカの方が良いだと?」と不平を言っていたダーリン卿に見せつけてやりたい光景だ。


 三日間で25人の申し出があった。『足が速いこと』というのを条件に出していても、これだけ集まってくるあたりはさすがにジャマイカという印象だ。


「でも、どうやって速い子を決めるんだ?」


 総司が尋ねてきた。


 そこは確かに問題である。


 令和の現代なら、ストップウオッチで測れば一発だ。


 ただ、この時代、ストップウオッチは発明されているものの、市販化されていない。大金持ちでなければ入手はできず、当然、俺が持つことは不可能だ。


「まず一人ずつ俺が測る。明らかに速い子はその場で合格。はっきりと分からない面々については全員で走らせて勝ったものを合格ってことにする」


「燐介が図ったら、多少ズレたりしないか?」


「それは当然ありうるが、その辺の運・不運については諦めてもらう」


 前回も触れたが、ちょっと速い者はいらないんだ。圧倒的に速い者が欲しい。当落選上の部分については不公平もあるかもしれないが、採用する側としてみるとそのあたりは大きな問題ではない。



 距離については20メートルと50メートル走で決めることにした。


 フットボールのグラウンドは100メートル以上あるが、さすがにこの全部を一人で独走するというケースはほとんどないと言っていい。それに相手だっているから、自由に走れるわけでもない。だから、とにかく最初の加速が大切で、あとは半分50メートルくらい走り切れれば何とかなるだろう。


 ウサイン・ボルトは長身でストライドが長く、後半の伸びが凄い。こういうタイプは記録はともかくとして、球技ではちょっと難しい。最高速になる前に追いつかれてボールを取られてしまえば何にもならないからな。

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