第11話 燐介、ジャマイカ行きを決める

 その後も試合はイリノイチームが圧倒した。


 まあ、当然の結果だろう。21世紀の理論を19世紀に持ち込んでいるんだ。はっきり言ってチートだろう。


 14-1になったところで、相手がギブアップして勝利となった。



「ずっと変な奴だと思っていたけれど、本当は凄い奴だったんだな、おまえ」


 デューイが褒めているのかけなしているのか分からないような、そんな言葉をかけてくる。


「当たり前だ。何もできないのにオリンピックなんか口にできるか。どわっ!」


 威張ろうとしていたら、いきなり左腕を引っ張られてしまった。


「小僧! おまえは本当に凄いじゃないか! こう言っては何だが、相手が木偶人形のように見えてしまったぞ!」


 ダグラス他、民主党の面々が大喜びだ。


 アメリカは広いこともあってか地元愛が強い傾向がある。日本にも高校野球にしか興味のない層がいるが、アメリカは大学が10万前後入るスタジアムを持っていて、しかも、そこが満員になるなんてことも普通だからその比ではない。


 しかもダグラスはイリノイを代表する議員という立場である。自分が投資している地元のチームが、全米代表のような海軍チームをコテンパンに打ちたおした、その事実は彼を満足させるには十分なものだったようだ。


「よし! 暖かくなったら、東海岸にもう一度遠征しよう!」


 その場で今後のスケジュールまで決まってしまった。


 まあ、試合が多いのは悪いことではない。


 ただ、暖かくなるまでまだ3ヶ月くらいはある。


 となると、今のうちに別の準備もしておきたい。



「ねえ、ダグラスさん」


「何だ?」


「以前、出していた見積にジャマイカへの交通費ってのがあったでしょ?」


「ああ、あったな」


「その工面をできれば、してほしいかなぁと」


 ダグラスは「ふむ」と言って後ろを見た。そこにベルモントがいる。首を傾げているところを見ると、何故ジャマイカに行きたいのか分からないという様子だ。



 ここでジャマイカの状況を説明しておこう。


 ジャマイカはカリブ海に浮かぶ島国だ。カリブ海の島々ではキューバが一番大きく、ドミニカとハイチがあるイスパニョーラ島がその二番目、ジャマイカ島は三番目だ(国家としての面積は島の多いバハマが三番目でジャマイカは四番目)。


 元々はコロンブスの船団が発見したのでスペイン領となったが、その後、17世紀にイギリスが分捕ってイギリス領となった。


 スペインの下でも、イギリスの下でも過酷な生活を強いられていたジャマイカ人は18世紀以降、断続的に反乱を起こした。こうした反乱の結果として、ジャマイカの黒人達は20年ほど前に完全な自由を手にしている。



 黒人が完全な自由を得たというのは、アメリカの状況に物申す的なところがあるが、俺は政治的なことのためにジャマイカに行きたいわけではない。


 あくまでスポーツ的な観点からだ。



 令和の日本で、多くの人に「貴方が知っているジャマイカ人を教えてください」と聞いた場合、恐らくウサイン・ボルトの名前が一番あげられるだろう。100メートル、200メートル走の世界記録保持者だ。


 ボルトは特別な存在だが、その他にもジャマイカ人の快速ランナーは多い。これについて納得のいく説明はされてはいないものの、何かしらの先天的な能力があるのではないかと言われている。


 世界一はさすがに言い過ぎかもしれないが、少なくとも、足の速くなりやすい人が多いのは間違いないだろう。


 だから、その中から特に足の速いものを選抜して連れてきたいというわけだ。黒人の完全なる自由があるのだから、連れ出しても問題じゃないからな。


 それならハイチやドミニカも自由じゃないかって?


 それはそうなのだが、自由とはいえトラブルが起きる可能性はある。トラブルが起きた場合、ジャマイカはイギリス領なので一応顔が利く。ハイチとドミニカは知り合いがいないのでそうはいかない。


 ということで、①奴隷じゃないから連れ出しても問題がない、②万一トラブルが起きてもイギリス領なので窓口がある、③安全とまでは言えないが他より危険が低い、④足が速い者が多い、⑤ひょっとしたら一番速いかもしれない。


 以上の理由で、ジャマイカに行きたいわけだ。



 足が速いだけでいいのか、という疑問があるかもしれないが、足が速いというのはとてつもない武器なのだ。足の速さと身長の高さ、これだけが絶対の要素となる競技は多いからな。


 ラグビー的要素の強い旧世代型フットボールとなると尚更だ。ラグビーでトライを奪いまくるウィングのような存在がどうしても欲しい。


 また、単純に足の速さと、とてつもない高さは見る者を圧倒する。


 黒人チームでヨーロッパを「アッ」と言わせるためには、快速選手がどうしても欲しい。ちょっと速い程度ではない、とてつもなく速い選手が。



「春になったら、全米を回るんでしょ。なら、今のうちに行くしかないんだよ」


 再度、頼み込むとダグラスも折れた。


「むむむ、仕方ない。しかし、ジャマイカで育った者だと、イリノイの者と言えるのだろうか? ちょっと腑に落ちんところがある」


 ふむ、助っ人を頼るのは良くないということか。


 高校野球の越境留学なんかに通じる話だな。大阪や東京・神奈川といった層の厚い地域でしのぎを削るより、競争の弱い地域の高校に留学して、甲子園に行ける可能性を増やしたい、みたいな。


「それを言ったらマネージャーの俺は日本人だよ? それに俺達がもっとすごい試合ができるようになったら、観戦料を取れるようになるかもしれないよ。その方が良くない?」


「そうか……。分かった。小僧を信じよう」


 ダグラスのゴーサインが出た。



 ならば、せっかく東海岸まで来たのだ。すぐにジャマイカへの船を探すことにしよう。

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