第10話 燐介、フットボールチームの指揮官としてデビューする

 上院議員選挙では惜しくも勝てなかったリンカーンだが、イリノイ州の共和党陣営からは「彼を次の大統領選挙に出そう」という声が上がり始めた。


 更には、今回のスティーブン・ダグラスとの論争をまとめたものが出版されることになった。


 これまでもイリノイ州の新聞を通じて州内には伝わってはいたが、書籍化されるとなると全米レベルに「エイブラハム・リンカーンという面白い候補者がいる」となりそうだ。



 ただ、本人はいわゆる『燃え尽き症候群』の状態だ。当面は休養期間にあてることになるのだろう。



 そうこうしていると冬がやってきた。


 イリノイに限らず、アメリカ北部の冬は寒い。


 アメリカンフットボール好きなら、シカゴ・ベアーズの本拠地ソルジャー・フィールドの風の強さを知っているかもしれない。寒い上に風が強いと大変な場所だ。


 さすがに外で練習することはできないので、俺達は室内トレーニング中心に鍛えていく。もちろん、プロチームというわけではないので、一日中サッカーのことばかりするというわけにはいかないけどな。



 年が明けて1859年、メリーランド州アナポリスから知らせが届いた。


 今やアメリカ海軍の一員となったジョージ・デューイから、「海軍学校の若い連中と試合をしてみないか」と練習試合の申込が来たのだ。


 どうやら、俺と総司のことを気にしていて調べ、フットボールのチームを作っていると聞いて、関心をもったらしい。



 メリーランド州まで行くのは遠いかなと思ったが。


「小僧! 面白いじゃないか! 俺達が金を投じているチームがどんなものか見せてくれ!」


 どこで話を聞きつけたのか、ダグラスがこの話に乗ってきた。


 海軍学校まで行くとなると、ついでにお偉方と話もできるだろうから、ダグラスにとっては悪い話ではないのだろう。


 スポンサー様が試合しろという以上、断れないのはいつの時代も変わらない。


 さすがに黒人チームは連れていけないので、白人チームを連れてアナポリスへ向かうこととなった。



 アナポリスに着いて、海軍学校まで行った俺達は一斉に驚いた。


「うわ、いい施設作っているなぁ」


 もちろん、21世紀の練習場やスタジアムとは比較にならないが、原っぱに無理矢理ラインを敷いたようなオール・イリノイチームの練習場とは比較にならない。


 いや、スポンサーに文句を言っているわけじゃないよ。選手の仕事を工面してくれたりサポートしてくれたりするだけでも凄く有難いわけだからね。


 令和の日本でも、中小のJリーグチームより、近くの大学や高校の方がいい練習設備を持っているなんてことは普通にあるわけだし。



 向こうはメンバーの体つきもいいな。


 海軍学校だから、将来は兵士になるのだし、当然といえば当然か。


 こちらを見ると、何人か不安そうな顔をしている。


「大丈夫だ。俺達はあいつらと違って、毎日フットボールをしてきたのだから、な。賢いフットボールというものをあいつらに教えてやれ」


 俺はそう言って選手を送り出した。


 口ではそう言っているものの、監督としては初陣になる。中々緊張する。



 この時代のフットボールと、現代のフットボールとでは大きな違いがある。


 正確には1866年まで、オフサイドが万能だった。ラグビーと同じで、前にいる選手にパスを出せばオフサイドということになる。


 現在のルールの原型になるのは7年後、この時点でゴールと本人との間に相手選手が三人いなければならないということになった。しかも並列はダメだ。三人目の相手選手より自陣側にいなければいけない。


 それが1925年、1990年に変更されて今に至る。



 いずれにしても、1859年現在のフットボールは、手を使えないラグビーと考えたらいいだろう。


 だから、サッカーの戦術知識は通用しない。リヌス・ミケルスやアリーゴ・サッキといった歴史的名将を連れてきても役に立たない。


 では、どうすればいいのか。


 ラグビーのルールに近いなら、ラグビー的な作戦で行くしかない。



 ラグビーは15人で行う。


 ただし、少なくとも令和の現在、15人が思い思いに動くとか、監督の指示通りにだけ動くということはありえない。


 現在の主流は3つのユニットに分けて、ユニットごとに攻撃をするというものだ。


 一人一人バラバラだと意思疎通を取るのが面倒だ。といって、監督の指示だけでフィールド全部をカバーするのは難しい。



 そこで、ユニットに分けて、それぞれのユニットに意思決定者を一人置く。指揮官みたいなものだな。意思決定者が局面の動きを決めて、メンバーに伝える。それぞれのユニットが別々の動きをするが、全体がバラバラということにはならないというわけだ。しかもユニット内は意思疎通がしっかりしているのでワンツーや狭い局面でのプレーもやりやすい。



参考:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330654069515000



 ただし、これをやる場合、ユニットが常に連動しなければならない。一人がさぼった場合にユニット自体が無効になってしまうからな。


 となると、非常に疲れるし体力的な負担も大きい。疲れてくると、思考のミスや伝達のミスも生じやすい。非常によろしくない。相当に鍛えなければいけない、というわけだ。



 こうした理論を具体的な形としたのが、ラグビー界でも屈指の名将と言われるエディー・ジョーンズだ。彼が2015年のラグビー・ワールドカップで日本代表に取り入れたと言われている。日本は一線級のチームではないから、思い切ったことがやりやすかったのだろう。


 もちろん、俺にはエディー・ジョーンズほどの能力も知識もないが、この時代なら基礎理論だけで十分だろう。



「な、何なのだ!? いつのまにか抜けてしまったぞ!」


 ダグラス達が喚声をあげる。


 左側のユニットが狭い局面に細かくパスを通して独走し、6番のポール・グレアムがいきなり先制点を決めたのだ。

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