第14話 燐介、リンカーンの戦略を知る
ジャマイカからアメリカに戻ると、また一か月ほど練習を続ける。
そうこうしていると、リンカーンが練習場に現れた。
「今日はこちらの方に訴訟資料を取りに来てね」
弁護士の仕事の一環らしい。
「……フットボールというものは全く見たことないが、中々面白そうなものだね」
「そうだよ。夏場にはシカゴに陸軍チームを招いて試合をする予定だから、暇だったら見に来てよ」
「ほう……」
「もうしばらくしたら、黒人チームも練習を始めるよ」
俺は総司に合図を出した。既にリンカーンが来ていることには気づいていたようで、手際よく黒人チームに指示を出した。隣のグラウンドで二チームに分かれて紅白戦を始める。
少し見ただけで白人とスピード感が違うと感じたらしい。「凄いね」と素朴な賞賛を口にした。
そのまましばらく黙って練習風景を眺めている。
「この試合をウィリアム・スワードが見たらどう思うだろうね?」
ポツリと言った。
何か考えあってというより、何となく考えたことが自然と口をついて出てきたのだろう。
ウィリアム・スワードは共和党のエースと言っていい存在だ。
現在はニューヨーク州の上院議員、何期も選ばれているし、ニューヨーク州知事の経験もある。3年前の大統領選挙ではジョン・C・フレモントに敗れたが、次回は最有力とみなされている。
黒人奴隷に対しては、果敢に弁護を引き受けた経緯もあり、完全な反対派だ。「奴隷制度を廃止できなければ合衆国では内戦が起きる」とまで言い切っている。
そんなスワードがこの状況を見たら、「何故黒人だけでチームを作らなければならないのか。白人と同じチームでプレーさせるべきだ」と言うかもしれない。
いや、そこまで言うと共和党内でも目を剥く者が大勢いるだろうから、「いずれはそうしたい」くらいでとどめるのかな。
共和党内にはスワード以外にも有力候補が複数いる。
7年前に副大統領候補となっていたウィリアム・ベイツや、オハイオ州知事のサーモン・チェイスなんかはスワードに次ぐ存在となっている。
ジョン・C・フレモントも再度出てくるかもしれない。彼は物凄く過激な黒人奴隷廃止派だ。
イリノイ州ではリンカーンの知名度が圧倒的になっているが、全米という点では知事経験も上院議員経験もない。この前のダグラスとの論争が出版され、多少知名度があがるが実績の無さはどうすることもできない。
有力候補者の
実際に歴史を知る立場として、リンカーンが勝つのは分かっているんだけど、今、この時代で知る状況だけを見ていれば、正直あまり勝てそうな気がしない。
「リンスケ。私はね、大統領選では敢えて大きなことを言わないようにしようと思う」
それはかなり唐突な言葉だった。
「共和党内でも争いは多い。私もこの前、痛い目に遭ったしね」
確かに、去年の上院議員選、いいところまで行ったのに、共和党の一部議員がダグラス側に投じたことで負けてしまったということがあった。
「ただ、逆に考えてみると、今の有力者のうち、一人が勝つならば残りは皆、敗者ということになる」
「あー……」
いや、当たり前なんじゃないか?
仮にスワードが勝てば、リンカーンはもちろん、フレモントもベイツもチェイスも敗者となる。リンカーンが勝てば残りの全員が敗者だ。
「私は、皆にとっての二番目を目指そうと思う。党内の調整派という形でね」
「……皆にとっての二番目?」
なるほど。
確かにリンカーンは黒人奴隷に関して、やや抑えた態度を示している。全面廃止と主張したことはない。奴隷の違法性についても自らの信念というよりは建国の父達の理念だと主張している。
完全廃止派から見れば物足りないが、それでも合法と主張するよりはマシだ。逆に容認派としても不満だが完全廃止よりはマシということになる。
有力者が多いと言っても勝つのは一人だ。負けそうならばなるべく納得できる相手につきたい。
仮にスワードが勝ちそうだ、となった場合にフレモントやベイツやチェイスの支持者が「スワードに勝たせるならリンカーンの方がいいんじゃないか」とリンカーン側に流れてくる可能性があるわけだ。もちろん、リンカーンが勝ちそうになった場合にも「あいつなら、他の連中よりはマシか」と許容されることになる。
俺はてっきり、すごい支持者でも探しに行くのかと思ったが、敵のうちに支持者を作っていく、というわけか。
「当面は、ダグラス氏との討論の続きに集中して、共和党内では穏便に動くことにするよ」
なるほど。
誰が勝つとしても民主党のダグラスを落としておくに越したことはない。「リンカーンは共和党候補者の批判をせず、民主党候補者を攻撃している。共和党のことを本当に考えているのはリンカーンだけだ」というアピールになるわけだな。
もっとも、ダグラスに関しては楽観視できるんじゃないかな。
上院議員選挙で負けはしたものの、論争そのものはリンカーンが有利だった。
ダグラスは論争の中で示された自己矛盾に対する回答を未だ示せていない。だから引き続き、同じ論法で押していけば構わないということになる。
ダグラスには民主党内の戦いもあるし、苦労することだろう。
そう、民主党内の戦いという点では民主党も北部側と南部側で意見が対立している。これを果たしてまとめることができるのか。
多分できないんだろう。
だから、共和党の候補者になれば、内紛気味の民主党相手に勝てるという図式が見えてきた。
「いいんじゃないかな。俺も賛成だ、って、俺みたいなガキが賛同しても全く説得力がないね」
「ハハハ、そんなことはないよ。何故かリンスケが賛成してくれるとうまくいくような気がするな」
「そう?」
本当にそう思っているのか、ちょっとしたお世辞なのかは分からない。
ただ、ひょっとしたら、俺は出さないようにしているけれど、無意識に自信満々なものに聞こえるのかもしれない。
「俺はあんたが勝つのを知っているぜ」
と。
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