第2話 燐介、イリノイの"小さな巨人"と対面する

 ニューヨークでデューイと別れて、総司と二人でシカゴへと向かう。



「燐介、リンカーンさんは勝てるのか?」


「知らん」


「えぇ? 頼りないなぁ」


 いや、本当に知らないんだ。


 2年後の大統領選挙には勝つだろうというのは分かっている。


 ただ、これから行われるのはその前哨戦ぜんしょうせんの上院議員選だ。その勝敗までは知らない。


 リンカーンはスポーツとは特別関わり合いのある人間ではないからな。詳しいことまで覚えていないのだ。


「まあいいや。リンカーンさんが勝ったら、日本にとっていいことがあるのかな?」


 出た!


 令和の今でもある、「どっちが大統領になったら、日本はどう変わるのかな?」という話。まさか総司の口から聞くことになるとは。


 ただ、令和の時代とは違うだろう、令和のアメリカは世界最強国だ。世界中がその顔色を伺うことになるが、この時代のアメリカはそこまでの存在ではない。


 極論をすると、どっちが大統領になっても日本は変わらないだろう。


 あるいは南北戦争が起きなければ、幕末日本のアメリカ化はもっと進んでいたのかもしれない。ただ、リンカーンでなければ南北戦争が起きなかったのかどうかは分からない。奴隷維持派の大統領が誕生した場合、北部が怒って南部を攻撃したかもしれないからな。


「でも、アメリカだけでなく、日本も変わらないといけないんだろうなぁ」


 おぉ、総司が何かまともなことを言っている。



 船がシカゴに着いた。


 港には多くの人間が集まっている。21世紀の都会の港ほど、とはいかないまでもパーティーのように華やかな雰囲気だ。


「いや、燐介。実際に誰かが港でパーティーをしているぞ?」


 本当だ。


 綺麗なドレスを着た女や、ビシッとした身なりの紳士達が立食パーティーを楽しんでいる。何かのイベントがあるのだろうか。


 そんな慌ただしい中、船が港につき、俺達はなるべく邪魔にならないようにと横を通過しようとする。


「おお、リンスケではないか」


 突然名前を呼ばれて振り返る。


「あれ? ベルモントさん?」


 ニューヨークで別れたばかりのオーガスト・ベルモントの姿があった。大西洋での船の上ではシャツ一枚でダラダラしていたが、今はビシッとした身なりをしている。


 ベルモントは俺達と船を見比べて、「ははぁ」と見当づける。


「何だ、お前達は今、イリノイに入ったのか?」


「そうだよ。これからスプリングフィールドに向かう馬車を探そうと思っていた」


「そうか。頑張れよ……。ああ、そうだ」


 ベルモントは何かに気づいたように人混みの中に入っていった。待っていると、一人の男を連れてくる。



 小さいな。


 それが俺の第一印象だった。


 アメリカ人というと、日本人と比べると背が高いが、この男は小さい。158センチの俺よりちょっと大きいくらいだ。160はあるだろうが、165はないだろう。


 だが、眼光が鋭いし、その足取りは力強い。



「リンスケ、ソウジ。彼が我が民主党が誇る”小さな巨人”スティーブン・ダグラスだ」


 ベルモントは俺達にダグラスを紹介し、ダグラスには「ミスター・ダグラス。彼らは”東洋の神秘”と呼ばれているリンスケ・ミヤチとソウジ・オキタです」と紹介してくれた。


 うーん、東洋の神秘なんて呼ばれたことはないし、ミヤチじゃなくてミヤジなんだけど、そこらへんは突っ込んでも仕方ないのだろう。いかにも日本人的に愛想笑いを浮かべて相槌を打ってみる。


 ダグラスは満面の笑みを浮かべて近寄ってきた。


「遠く東洋から自由と人権の国アメリカへようこそ。聞いたよ、エイブラハム・リンカーンのスタッフになりたいんだって。リンカーンは抜け目のない男で話術も巧みな男だ。そんな男に更に味方が増えるなんて、オー、マイ・ゴッド」


 勘弁してくれよ、ダグラスがそんなおどけた仕草を見せる。


「す、すみません」


「ハハハハ、冗談だ。私も混迷した民主党を救わなければならないんでね。壁は高ければ高い方がいい。一つよろしく頼もうじゃないか!」


 ダグラスが右手を出してきた。握手に応じると、力強く握り返される。



 その後、パーティーの面々にも紹介され、何故か参加者から拍手を送られることになった。一時間ほどつきあわされて、ようやくベルモントの助けもあって出ることができたが、その頃には馬車が用意されていた。


 馬車に乗り込むとき、総司がボソッと口にした。


「燐介、これがこの国の果し合いなんだな」


「……果し合い?」


「アメリカでは、剣ではなく、議論で戦うんだな。いつか松陰さんとリンカーンさんがやっていたような。さっきのダグラスっていうやつの目、真剣勝負の際の勝さん(近藤勇)の目を思い出したよ」


「……なるほど」


 剣ではなくて、議論で戦うか。言いえて妙かもしれない。



 実は、俺はシカゴが産んだ英雄マイケル・ジョーダンのことを思い出していた。


 彼の父親ジョーダン・シニアはマイケルより身長が30センチほど低かったらしいが、この小さな父はジョーダンの支えでありつづけた。


 スティーブン・ダグラスはリンカーンより背丈だけなら30センチは低いだろう。


 だが、この男は、リンカーンの壁として成長を促す存在になっていくのではないだろうか。

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