7章・天下分け目のイリノイ選挙戦
第1話 燐介、リンカーンにつくことを明言する
1857年の11月。
俺は総司をフランス南部で拾って、オーガスト・ベルモントと共にオランダから西へ、ニューヨークに向かっていた。
その船の中で、俺はベルモントにエイブラハム・リンカーンを支援したい旨を伝える。
「リンスケの考えがそうであるなら、曲げるつもりはないが、リンカーンは支援するほどの大物ではないと思うが?」
ベルモントの意見は最初の時と同じだった。
俺やリンカーンに対する悪意ではなさそうだ。本当にそう思っているようだった。
「それに共和党自体が成立から日が浅く、しっかりとした選挙プランを有しているのか。もちろん、前回の選挙をしっかり戦ったということは評価しているけれどね」
既にふれたが、この十年前まで、アメリカの二大政党は民主党とホイッグ党だった。ホイッグ党が奴隷制度を巡って分裂崩壊し、奴隷反対派が共和党という政党を作り、今に至っている。
「でも、ベルモントさん、大物だから小物だからというだけで大統領を決めるわけじゃないでしょ? 何ができるかが重要なんじゃない?」
「確かにそうかもしれない。君は中々面白い」
ベルモントは本当に楽しそうに笑う。
知り合って浅いのにベルモントはいい奴だ。俺みたいなガキ相手に対等に接してくれている。
何せ、俺は数えで17、満でも16歳。一方、彼は40半ばと壮年だ。親子ほどの違いがある。
正直、人種差別はもちろんのこと、「このガキが何を偉そうに」みたいなことを言っていてもおかしくはないのだが、
俺がそのことを聞いてみると、ベルモントはまた大笑いした。
「ハハハ、内心全く思わないということはないよ。だが、君のヨーロッパでの活躍ぶりは無視できない。万一、南北の対立が激しくなって内戦にでもなった場合、ヨーロッパの協力を求める必要がある。そこには君の顔が役に立つだろうからね。さっきの君の話ではないが、何ができるかが重要であって、大物、小物は関係ないんだよ」
「なるほど。大切なのは奴隷廃止に向けた北部の協力である、と」
アメリカを去る際のペリーにも思ったことだが、民主党も共和党もなく協力しあう姿勢というのは本当に素晴らしい。
「そういうことだ。だから、リンスケのお手並みも今後拝見とさせてもらうよ」
そう言って、ニューヨーク港で握手をして別れた。
わけではあるのだが……
正直言って、この時代のアメリカ大統領選挙がどうなっているかなんて全く知らないからなぁ。
そもそも、日本の平成後期や令和の選挙だってほとんど結果を知らないからな。
だから、リンカーンを支援したいと言っても、できることがあるのかどうか分からない。吉田松陰なら何かしら貢献できたのかもしれないが、俺が理論やら理屈をこねくり回して「だから有権者の皆さん、エイブラハム・リンカーンを大統領にしましょう」と言うことはできそうもない。
果たして、何をすればいいものか。
「リンスケ! ソウジ!」
ニューヨークについた俺を迎えに来たのは、ジョージ・デューイだった。
俺達とロンドンで一緒に行動した後、アメリカに戻って海軍学校で勉強していたらしい。俺達と過ごした期間は無駄……というわけではなく、留学という形でカウントはされているそうだ。
ま、そういうのがなかったとしても「無駄だった」とは言わせない。
何といっても、ロンドン滞在中にはなし崩し的にとはいえヴィクトリア女王とも謁見しているのだからな。アメリカ海軍内部において、この一事だけで大きな顔が出来るはずだ。
デューイに案内されて、レストランで食事をした後、今後について話し合うことになった。
「俺は当然、学校を卒業したら、そのまま海軍に入ることになる」
デューイについては当たり前すぎる話だ。バーモント州出身だから、南北戦争でも北軍側だ。立場が異なる側につくことがないという点ではありがたい。
「ソウジはどうするんだ?」
デューイの質問。俺もそれは気になるところだ。
さすがにそろそろ日本に帰った方がいいのではないかと思うが、俺が強制できることでもない。そもそも喧嘩したら絶対に勝てないし。
総司は指折り数えている。
「もう五年かぁ。そろそろ江戸に帰った方がいいのかな……」
「その方がいいんじゃないか?」
「でも、日本とアメリカは条約を結んだんだろ? ということは、そろそろ、日本からアメリカに誰か来るんじゃないか? 俺も一人で帰るのは寂しいし、その面々と帰ろうかなと思うんだが」
なるほど。確かにどうせ帰るなら、日本人グループと一緒にという気持ちは分かる。
日本から船が来るのはいつだっけ。2年後くらいか、確か
そいつらと一緒に帰るとなると、総司の帰国は更に二年遅れることになる。
どんどん後回しになってしまっているな。大丈夫なんだろうか?
確か、新撰組の前身である浪士隊は1863年に結成されたはずだ。
総司は日本に戻れば近藤勇のところに行くのだろうから、ギリギリでも行動を共にするはずだ。ギリギリ間に合う計算にはなる。
ただ、そもそも沖田総司が本来と全く違う人生を送っているわけだからな。
フランスの外国人部隊にいたなんて言ったら、本当に幕府軍の司令官とかなっても不思議ではないわけだからなぁ。どうなるんだろう?
想像もつかない。
「何でおまえが悩んでんだ? リンスケ?」
頭を抱えていたら、デューイから不審な目で見られてしまった。「俺はおまえじゃなくて、ソウジに聞いているのに」と。まあ、確かに。
総司はしばらく考えて、答えた。
「リンスケがリンカーンさんのところに行くというし、俺もそっちに行くよ。あの人、結構面白かったし」
「面白いって……」
どちらかというと松陰が面白かったのであって、リンカーンは普通だったと思うが。
「より正確には燐介のそばにいる方が面白いという方が正しいかな」
俺は珍獣かよ。デューイも「ごもっとも」とばかり頷くな。
まあ、俺みたいな生き方をしている人間は19世紀半ばにはほとんどいないのだろうけれど。
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