第13話 燐介、ベルモントと日米の未来を語り合う

 総司は後で回収することにして、俺は一旦オランダに向かうことにした。


 パリに戻った後、すぐに別の馬車を調達して、アムステルダムへと向かう。


 パリからだと、南フランスのニームに行くよりも、アムステルダムの方が近い。途中、ベルギーのブリュッセルを通過しても尚、だ。



 17世紀から18世紀までは交易で有力だったオランダだが、19世紀になるとヨーロッパ内での地位は大分下がっていた。ヨーロッパ内における価値というと、鎖国政策を続けていた日本と唯一交渉ができる窓口を持っていた、ということくらいだろう。


 日本の開国を求めたペリーの娘の夫であるオーガスト・ベルモントがオランダにいたということは、ひょっとすると、オランダが有する日本の情報を引き出したかったという理由もあったのかもしれない。


 この場合、ペリーが開国を実現させた以上、ベルモントがオランダにい続ける意味はなくなる。


 事実、ベルモントはスペイン大使への転進を希望したらしいが、現在の大統領ジェームズ・ブキャナンに断られたという。


 だから、彼はブキャナンが嫌いだ。他の理由も色々あるようだが。



 7月、アムステルダムについた時、オーガスト・ベルモントは既に帰国の準備を始めていた。


 ペリーの紹介状(2年近く前のものだが)を見せると、「確かに君の噂は聞いているよ」と言われた。サルディーニャ首相のカヴール同様、彼も英国の新聞を見ていたということだろう。


 あのサウサンプトンでの宣言がこうも俺を有名人にしてしまうとは思わなかったな。


「馬の話をしたいのはやまやまだが、本国がきな臭いことになっていてね。9月27日で任務が解けたら、すぐに帰国するつもりだ」


 予定を話した後、大統領ブキャナンへの悪口が始まった。


 ベルモントが言うには、ブキャナンという男は有能な弁護士ではあったという。そこはリンカーンと同じなのだが、ブキャナンは法律を扱う以外の能力がなく、北部と南部の対立をただ手をこまねいて見ているだけだ、という。


「奴が何もしないせいで、北部と南部の対立はのっぴきならないものとなった。このまま任期を全うさせたら、アメリカも、そして民主党も北部と南部で分裂することになるかもしれない。どうしてアメリカ国民はあんな奴を大統領にしてしまったのだ」


 とまで言う始末だ。


「対立はともかく、同じアメリカという国同士で戦争をするわけにはいかない。君も手伝ってくれないか?」


「えっ、俺が……?」


「戻ったら、イリノイのスティーブン・ダグラスのサポートをしようと考えている。彼は優秀かつ実行力のある男だ。若いブレッキンリッジも期待はできるが、彼は南部の権益を代表している。今後も奴隷制擁護を続けるだろう。南部の価値観を認めるわけにはいかない」


 イリノイのスティーブン・ダグラス?


 リンカーンの宿敵じゃないか。


 まあ、この時代、北部と南部の対立が凄まじすぎるので北部での対立は少ないというのはあるが、リンカーンの敵に回るのはちょっとまずいなぁ。


「……共和党はどうなんでしょう?」


「共和党か。正直分からないな。恐らく多くの州から代表候補が出るだろう。誰が勝つか分からないな」


 ふーむ、リンカーンはそこまで有力候補というわけではないわけか。


「まあ、帰国するまでまだ時間がある。君はパリにいるのだろう? 9月になったら使いを寄越すから返事はその時でいい」


 俺が迷っていると見て取ったのだろう。


 ベルモントはそれ以上の勧誘をすることなく、以降は馬の話やオランダの話となり……



 日本の話にもなった。


「中々、日本での交渉は難儀しているようだ」


 日本とアメリカは日米和親条約を締結している。ただ、アメリカとしてはもう一歩踏み込んだ条約を締結したい。結果として日米修好通商条約が締結されることになるのだが、この時点ではまだ締結されていない。


「当面は難しいかもしれませんね」


「ほう、何故かね? 幕府は弱腰と聞いている。日本国民の反発が強いのだろうか?」


「反発が強いというのもありますが、幕府内部でも対立がありますよ。しかも、そこに新しい将軍をどうするかという問題もありますから」


「……」


 13代将軍家定は元々体調が弱い将軍であったが、この時期には大分病状が悪化していた。幕府内部ではアメリカとの交渉も大事だが、それ以上に次の将軍をどうするかということで南紀派なんきは徳川家茂とくがわ いえもち)と一橋派(徳川慶喜とくがわ よしのぶ)の争いが激しくなっていた。


 結局、最終的には南紀派が一橋派を押し切って家茂が将軍となり、そこから条約締結、開国へと一気に進むことになるのであるが、この解決に至るまでは幕府は機能不全を来していると言ってもいい。


「ふむう、長らくアメリカ、イギリス、ヨーロッパを渡り歩きながら、それだけの情報があるとは……驚きだ。一体、どういうルートで集めているのかな?」


 しまった、調子に乗って言い過ぎてしまって、ベルモントを驚かせてしまった。


「いや、まあ、アメリカに一緒に行って、今は帰国している山口あたりから聞いているんですよ」


 弁解で名前を出して、ふと気づく。


 そうだ、仮に転生していないとしても、山口や松陰がアメリカに渡ったことで色々変わるところがあるかもしれない。


 先ほどまでの話は全て何もしない場合の歴史であって、これらが変わる可能性は大きい。特に松陰はアメリカに渡ったことで、尊王はともかく攘夷は難しいと理解しただろう。となると、彼の幕府観も変わってくるかもしれない。



 ここから先は、あるいは今も既に、俺の知らない幕末が展開されているのかもしれない。




今後の予定など:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330653334599470

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る