第12話 総司、フランス外国人部隊にあり

 10日ほどが過ぎたが、ナポレオン3世とは中々会えない。


 皇后ウージェニーも色々と忙しいし、パリでゴロゴロしていても仕方がない。


 久しぶりに総司に会いに行くかと思い、港の方に行った。確か、港で近くの剣術の練習所に向かったと聞いていたが。


「ああ、その少年なら、今はニームにいるんじゃないかな?」


 尋ねてみると、そんな返事が返ってきた。「ニーム? ニームってどこだ?」と聞いてみたら、地中海に面する南の方にあるという。


 何だってそんなところに行ったんだ?


 ニームに行くとなると一日では戻ってこられない。一応、皇后には伝えて、馬車と護衛兵を用意してもらった。



 ニームに着くまでは二日かかった。


 日本だと徒歩だけど、こちらは馬が使えるし、やっぱり早いわ。


 で、総司を探すと、何と軍にいるという。何で軍なんかにいるのかと色々調べたら、「ここニームにはフランス陸軍の第二外国人歩兵連隊だいにがいこくじんほへいれんたいがある」なんて言う。


 あいつ、剣の試合では飽き足らず軍隊に入ったってことなのか!?



 軍の訓練所に行くと、確かにちょっと毛色の違う人間達が多い。フランスの植民地になっている北アフリカのアルジェリアとかモロッコから来ている連中だろうか?


 総司に会いに来たと伝えると、二時間ほどでやってきた。かなり日焼けしているが、さすがに顔のりが全然違うから、一目で分かる。


「やあ、燐介、久しぶり」


「久しぶりじゃないよ。こんなところで何をやってんだ?」


「いやあ、パリの近くで剣術の修練をしていたら、『おまえは無茶苦茶強いから、軍に来たらどうだ?』って誘われてさぁ。こっちの方が強い奴が多いし、面白いなってことで入ったわけ」


「面白いからって……」


「知っているか? 今の皇帝の伯父は世界最強の将軍だったらしいぜ。海軍はイギリスの方が最強だけど、陸軍はフランスが最強だっていうから、そのナポレオン・ボナパルトっていう奴の教典とか読んでいるんだ」


 軍の強弱については、俺は詳しくない。ただ、ナポレオン1世が途中までものすごく強かったことはもちろん知っている。


 フランス人は総じてプライドが高いし、何といっても現皇帝の伯父だから悪く言うはずがない。きっと、総司には最終的にロシアに負けたなんていう話は伝わらず、途中までの連戦連勝の話だけ伝わっているに違いない。



 しかし、マジかよ……。


 幕末の幕府はフランス軍の世話になっていたって言うぞ。


 もし、総司がフランス軍で勉強してきましたなんてことになったら、下手したら幕府軍の指揮官とかになってしまうんじゃないか?


 それ以上に新選組がおフランス組織になってしまう可能性がある。新撰組の隊服が水色と白ではなく、青と赤と白のフランス風のものになってしまうんじゃないだろうか。



「あ、そうだ。燐介、ちょっとそこに立ってくれよ」


「俺はここに立っているが?」


「このリンゴを頭に乗せてくれ」


 総司が近くのリンゴを渡す。途端に周りにいた兵士達が楽しそうに騒ぎ始めた。


「……一体何なんだ?」


 リンゴを頭の上に乗せる。


 何かそんな話があったぞ?


「東のスイスってところに、息子の頭にリンゴを乗せて、それを弓で射抜いた名人がいたって言うんだ。俺は弓矢を使わないけど、代わりにこいつで撃ち抜いてみせるぜ」


 近くにいた黒人兵士から受け取った銃を俺に見せる。


 やはりウィリアム・テルの逸話のことか!


「冗談じゃねえよ! 少しでも外れたらどうすんだ? 死ぬじゃないか!」


「大丈夫だって。いつも成功しているから。俺は剣が得意だが、これからの戦争は剣じゃなくて銃の時代だ」


 おいおい、晩年の土方歳三みたいなことを言い出したぞ。


「だから安心してリンゴを乗せていいぞ」


「”だから”の使い方が日本語としておかしいぞ!」


「オマエ、ニホンジン ナノニ、オクビョウネ」


「ニホンジン、ミナ ユウカン。オマエ、ヘン」


 周りの兵士達が首を傾げたり、俺を小ばかにしたりする。


「だったら、おまえ達がやればいいじゃないか!」


 と、抗議するが、鍛えられている兵士二人には敵わない。俺はたちまち木に縛り付けられて頭にリンゴを乗せられた。



 総司は「心配するなって」と距離をとる。その姿がどんどん小さくなる。


「どわーっ!? 遠い! 遠すぎるわ! 100メートルくらいあるじゃないか!」


「大丈夫! 大丈夫! 動くなよ。飛んだりするなよ」


「飛びたくても飛べねえよ!」


 何せ木の杭に縛り付けられているんだ。


 傍目から見ると、これから俺を銃殺刑に処するようにしか見えないはずだ。


「トロワ、ドゥ、アン、ゼロ!」


 カウントダウンが終わると、総司がガンと銃を撃った。


 頭の上でグシャという音がして、リンゴの果汁が顔や耳にかかる。


「痛てえ! ちょっと掠ったぞ!」


 同時に、頭頂部あたりに焼けるような痛みが走った。


「掠ってないって。多分弾の熱が通って痛く思っただけじゃないか?」


「同じじゃねえか!」


 まだ痛いぞ。禿げたらどうしてくれるんだ!?

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