第11話 燐介、フランス皇后にオリンピックを説く
それから数日間、ナポレオン3世とのスケジュールは中々会わない。
ひょっとしたら、お気に入りのカスティリオーネ伯爵夫人の誘いを断ったから敬遠されているのだろうかと不安になったが。
「皇帝陛下はそんなせせこましいことに囚われる方ではありません。今は色々なことが動いております。その対処に追われているのでしょう」
皇后ウージェニーが言う。
「手近な女に手を出すこと以外にかけては、皇帝陛下は一貫しております」
褒めているのか、
あと、手近な女にいつも手を出しているのなら、それも一貫しているようにも思うが、そんなことを言うと、ウージェニーが泣いて悔しがりそうなので言わない方が賢いだろう。
実際、フランスはこの時期外交では
去年まで、フランスはイギリスと組んでクリミアでロシアと戦っていた。
このクリミア戦争で勝利して、フランスは大いに面目を施したのだが、今度はイタリアの不穏な状況に巻き込まれている。
「そもそもカスティリオーネ伯爵夫人はカミッロ・カヴールの息がかかった人間という話もあります」
「マジで!?」
あの太った碇ゲンドウ……じゃなくてサルディーニャ首相のカヴールがあのケバい姉さんを派遣してきていたとは。
「イタリアは現在、オーストリアの支配下にありますが、サルディーニャはこれを何とかしたい。そのためにはフランスの協力が不可欠です。ですので、皇帝の好みのタイプを調べて該当する女を送り込んできたのではないか。情報部からそういう話も来ています」
「それはフランスにとってマズいんじゃないですか?」
「良くはないですね」
俺には非常にヤバい話に思えたのだが、思ったよりも皇后ウージェニーは冷静だ。
「ただ、皇帝陛下はしばらくすると飽きるので。あの女もそろそろでしょう」
「な、なるほど……」
「少なくとも、女の訴えで考えを変えるほど、陛下の脳はおかしくありません」
“脳は”とわざわざ付け加えるあたりがもうアレだな。どれだけダメなんだ、ナポレオンの下半身って感じがあるな。
「つまり、ナポレオン3世が動くとすれば、あくまでフランスのためだ、と考えた時ということですね」
「そうです」
「……ちなみにもう一つ質問していいですか?」
「何でしょう?」
「皇帝の好みのタイプって、そんなオープンになっているものなんですか?」
先ほど、ウージェニーはカヴールがナポレオン3世の好みに該当する女を送り込んだと言っていた。それが何であるかは分からないが、令和の時代の有名人でもあるまいし、「好きなタイプは〇×です」みたいなことが分かっているものなのだろうか?
ウージェニーの表情が険しくなる。
やばい、これは俺、うっかり地雷を踏んでしまったかもしれない。
「……ここです」
とウージェニーは、自分の肩から首、ついでに鎖骨を触った。
「このあたりのラインや細さが、陛下の琴線に触れるようです」
肩フェチ!?
デコルテって言うのかね。何ともまた変わった好みなんだな……
ま、いずれにしても、皇帝はイタリア関係で色々忙しいらしい。
ということで、オリンピックの話もひとまずウージェニーに対して行うことになる。
相手は皇后なので女子スポーツも触れて、話をした。
「……古代オリンピックでは、参加者は男のみでしたが、新しいオリンピックは女子も参加できるようにしたいと思います。文化面において、男女は平等であると宣言することができますので」
「ふむ……。私はスポーツというものにそこまで詳しくはありませんが、興味深いことですね」
まあまあ、いい印象を与えたようだ。
「ギリシアやローマで開催されていたということは、ローマで教皇聖下に再開を宣してもらうという手もありますね」
うん……?
まさかのピウス9世宣言案?
フランスはカトリックの国だからそういう発想になるのだろうか?
「……そうなると、イタリアの問題を解決してからの方が良さそうですね」
「そうですね」
ウージェニーの「イタリア問題を解決してから」というのは中々重い言葉である。
というのも、俺は開催時期については全く考えていないからだ。
資金面とか色々な制約がそもそもあるのだけれど、一体何時を目標にしたらいいんだろうか。
少なくとも欧州がある程度落ち着いてからの方がいいだろう。
となると、ドイツ帝国が誕生する1871年以降ということになるのだろうな。その頃には日本からも使節団が送らせてくるから、うまいこといけば日本からも参加者を出せるかもしれない。そもそも沖田総司もフランスにいるし……。
いや、ちょっと待てよ。
沖田総司は1871年の時点では病死しているか。
でも、今、フランスにいて、このままフランスで生活させれば死なずに済むのか?
うーむ、これもどうしたらいいのか分からない問題だな。
フランスで別れてから三か月以上経過しているし、一度、総司にも会いに行ってみるか。
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