第8話 燐介、ローマの休日にこれまでを振り返る

 翌日、俺はローマ教皇ピウス9世とともにコロッセオを観光することになった。


 ピウス9世は超がつくほど保守的になっているので、ローマ市民からの人気は低下気味らしい。だから、日本から自分に会いに来た者がいるという事実を人気浮揚にんきふようのきっかけにしたい、ということのようだ。


 正直、馬鹿馬鹿しいのだが、邪険にしたら日本自体に悪印象を持たれるかもしれない。政治には携わりたくないが、俺のせいで日本が不利になるなんてことは避けたい。


 それにコロッセオに行ってみたいというのも事実である。


 結局、従うことにした。



 翌日、教皇庁から迎えに来た馬車に乗ってコロッセオへと向かう。


 教皇の姿はない。どうやら先に行っているらしい。一緒にいるだけで疲れるから、これは有難い。



 途中、テベレ川の流れを見守りながら、ここまでのことを考える。


 正直、こんなことになるとは思いもよらなかった。


 当初は、ペリーにくっついて時々アメリカで仕事をしつつ、野球関係者と仲良くなって、メジャー・リーグの歴史を前倒しにしつつ、競馬事業もしようと思っていた。


 それがいつの間にかオリンピック開催という名目の下、プリンス・オブ・ウェールズや オーストリア皇后、サルディーニャ首相まで巻き込んだ話となってきた。


 この後はフランス皇帝ナポレオン3世にまで会うことになるという。


 五輪と関係ないところでは、ローマ教皇やエイブラハム・リンカーンとも知り合いになってしまった。


 考えられないことになってきた。



 これから先はどうしたらいいんだろうか?


 今、俺の目の前にはこのままヨーロッパとアメリカを行き来しつつ、オリンピック開催に向けて頑張るという未来が完全に開けている。もちろん、具体化させるためには協力者を募ることも必要だろう。


 政治的な動きも必要になってくるかもしれない。スポーツと政治は別物だというが、裏返せばわざわざそんなことを言わなければならないほど密なものということを意味しているわけだ。


 例えば、ピウス9世にオリンピックの話をもちかけてみたら、喜んで協力してくれる可能性は高い。『コロッセオでローマ教皇が高らかにオリンピック復活を宣言する』。そんな政治効果があるからだ。そのためにカトリックの協力を求めてくれるかもしれないし、ひょっとしたら寄付も集まるかもしれない。


 ただし、それではダメだ。


 世界はカトリックだけで成り立っているわけではない。英国国教会、プロテスタント、イスラーム、日本だって仏教や神道がある。


 それらを無視してオリンピックを開催するとなると、本来のオリンピックではなくなってしまう。


 どのタイミングで、どう協力を求めるか、そういうことも考えないといけない。



 いや、参ったね。そんなことを一人でできるのか? 


 できそうにないな。


 じゃあ、誰に協力を求める?


 サルディーニャ首相のカヴールは頭も良さそうだが、これからイタリア統一という大事なものが控えているし、寿命も長くなさそうだ。正直あまり助けを期待できないだろう。


 そうなるとバーティーってことになるんだろうな、本人も馬に関しては乗り気だし。


 ヴィクトリア女王の治世はまだまだ続く。その間、バーティーは母に蔑まれる息子の立場であり続ける。母を見返すためにも何かしてやりたいくらい思っても不思議はない。そのあたりプライドを突っついてやれば協力してくれそうではある。


 ただ、あいつの場合は女好きでしばしばスキャンダルを起こすという問題がある。令和の現代ほどスキャンダルで炎上することはないだろうが、それでも主催者の女の話題が大きくなるのは困りものだ。


 いざという時のバックアップ以上のものをバーティーに期待するのはやめておいた方が良さそうだ。



 いないなぁ。


 山口が本当に転生していて、記憶でも取り戻してくれれば頼りにできそうだが、今のところただの一般人という感じで頼るには心許ない。


 他に一緒にいるとなると沖田総司か。剣術は頼りになるが、企画者としてはどうだろう。企画者みたいな立場なら、土方歳三の方が頼りになりそうだが、彼の場合幕末の政治部分に絡んでいるから、変に引き込むと日本の行方が変わってしまいそうだ。もちろん、それを言うなら総司だってそうなのだが。


 難しいなぁ。幕末の動向に大きな影響がなく、それでいて、交渉能力などの担保があるような奴。


 そんな都合のいい奴はいないよなぁ……


 いや、ちょっと待て、いたわ。


 何で気づかなかったんだ。自分の近くにいたじゃないか。



 坂本龍馬という男が。



 もちろん、薩長同盟までは倒幕側だが、それ以降は実業家的行動も多かったし、フィクサー的なものを意識していた節もある。で、最後はどちら側からも厄介になったような扱いになって斬られてしまった。


 薩長同盟成立後、うまいこと殺されないようにして俺の側に引っこ抜いて、オリンピック開催に専念してもらえば結構使えるんではないだろうか。


 ただ、中々タイミングが難しいなぁ。



 そうこう考え事をしていると、馬車はコロッセオについた。


 視界の先に、手を振っている教皇ピウス9世の姿が見える。


 今日も色々疲れる一日になりそうだな……

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