第6話 全ての道はローマに通ず? ②
サルディーニャ王国首相カミッロ・カヴールの言葉に乗せられて、俺はトリノからローマへと向かった。
「君は東洋の国の人間だから、日本でカトリックを広めることができそうなことを言えば、ローマ教皇は喜ぶと思うよ」
別れ際、カヴールがアドバイスをくれた。
この男、最初の印象は最悪だったが、色々アドバイスをくれて助かる存在だ。
それについて礼を言うと、カヴールは笑って答える。
「それには及ばないよ。君を口実に、サルディーニャの人間をローマに送り込みたいんでね」
「なるほど……、ローマも倒したいからスパイを送りこみたいということか」
食えない奴だ。半分は呆れて、半分は感心する。
「倒すかどうかはともかく、ローマ教皇は歴史のある存在だ。完全に無視をするわけにはいかないんでね。それでは、よろしく頼むよ」
別れ際、彼はそう言って、俺の両肩をポンポンと叩いた。
トリノを出て、南に向かった先はジェノヴァであった。母を訪ねて三千里の出発地点だな。
あの話はジェノヴァからアルゼンチンに向かう話だが、当然ながら俺はアルゼンチンに向かうことはない。船は南に向かうが、真南だ。
途中、ナポレオン・ボナパルトの故郷であるコルシカ島を通り過ぎ、サルディーニャ島北部の港町オルビアについた。そこで船を乗り換えて今度は北東に向かう。
海路におけるローマの入り口・チビタヴェッキアの港についてあとは馬車でローマを目指すことになるのだが。
チビタヴェッキアに着いたところで、一人の司祭が合流してきた。
「
うおお、「聖下」なんていう呼び方は初めて聞いた。
しかし、教皇が迎えに来たというのは本当か?
これはちょっと薄気味悪い。歓迎されること自体はいいのだが、俺は別にクリスチャンではない。「歓迎した分損をした」ということで邪険にされなければいいのだが。
通訳にその旨を話すと、司祭は「そこは……あまりこだわらなくていいですよ」と軽く答えてくる。
「貴方がクリスチャンであるふりをしてくれれば、後は私やサルディーニャの人達が何とかします」
「そうなのか? いい加減なものだな」
「日本からはるばるローマまで人が来るというのは250年近く昔のこと以来です。ですので、教皇は非常に目出度いこととご機嫌です」
250年近く昔?
ああ、あれか。
「その通りです。あれは当時のローマには非常に印象的だったようで、彼らが鼻をかんだ紙などが残されていますよ」
鼻紙が残されている!?
ローマの人間も随分
「でも、日本はその後、キリシタンには敵対するようになったけれど、それでも記念に残していたんだね」
日本は戦国時代の当初はキリスト教に好意的だったが、その後、天下統一をした豊臣秀吉やその後の徳川家康が禁止するようになった。伊達政宗が支倉常長を派遣したのはギリギリのタイミングだが、彼らが帰国した頃にはキリスト教は完全に禁止されていて、常長も失意のうちに死んだらしい。
「はい。日本が禁教したということは聞いております。ですので、使節の多くの者がスペイン・アンダルシアに住み着いたそうですね」
えっ、そうなの?
そんな話は初めて聞いた。
聞いてみると、セビージャの近くコリア・デル・リオにはスペイン語で日本を意味する「ハポン」という姓の人間が多いらしい。支倉隊の
そんなことを聞くと、ますますキリシタンではない俺が教皇と会って大丈夫なのか不安になってきた。
あと、そこまで日本に関心があるなら
まあ、根本的な問題として、俺は蹴鞠をやったことがないし、蹴鞠の鞠も持っていないんだがな。
そうこう話をしているうちに、ローマについた。
早く教皇の下に、ということで馬車は真っすぐに中央へと向かっていく。視界の先に多くの宮殿が見えてきた。
「あちらがサン・ピエトロ大聖堂、その隣にシスティーナ礼拝堂、更にヴァチカン宮殿とあります」
おぉぉ。
正直、ロンドンでバッキンガム宮殿を見たし、トリノでもヴェナリア宮殿を見たから、宮殿慣れしてはいるが、ヴァチカンの三大名所をまとめて見るというのは感動ものである。これだけ荘厳な風景の中で、盛大にミサを開けば、キリシタンでない俺でもキリスト的な霊感を得ることができそうだ。
「あの中に教皇がいるのか?」
「いいえ、聖下はテベレ川を渡った先にあるクイリナーレ宮殿におられます」
へぇ。
でも、この時代はローマ全体が教皇の支配地だから、ヴァチカンの外に居を構えていても不思議ではないのか。
後ろを振り返ると、サルディーニャ王国からついてきている兵士達があちこちを見ながら、時折ヒソヒソ話をしている。
あれは、「いざ攻める時はここをこうして」みたいな感じの話をしているんだろうな。
俺はスパイのいい理由に使われているようで、ちょっと複雑な気分になった。
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