第5話 全ての道はローマに通ず? ①

 一通りの話が終わると、俺はまた馬車に乗せられた。


 そのままサルディーニャ王国の中心地トリノへと向かうことになる。


「せっかく来たのだ。トリノの料理を堪能してくれたまえ」


「それはいいんだが……」


 俺の回答に、カヴールは「?」とけげんな顔をする。


「お金のことは気にしないでいい。無理矢理連れてきたのだからね。全てこちらで持たせてもらうよ」


「そうじゃなくて、俺がミラノからいなくなったことに、マクシミリアンやエリーザベトが文句を言ってくるんじゃないのか?」


 俺はミラノを散策中に浚われて、ピエモンテへと連行された。護衛の中にサルディーニャシンパがいたから誰も見ていない扱いにはなっているかもしれないが、俺が長時間いないとなると、さすがにマクシミリアンが問題にするのではないだろうか?


「あぁ、気にしないでいいよ。我々の方で、ミラノに伝えてある」


「えっ!?」


「道に迷って、我が領内に入っていたので保護して案内していると伝えているよ」


「い、いや……、それはいくら何でもありえないだろ?」


 それはまあ、俺はミラノの街並みなんか知らないから迷子になること自体は不思議ではない。でも、いくら何でも迷子になって隣の国まで行ってしまいましたなんていうことはないだろう。そんないい加減な話が通用するはずがない。


 通用するはずが……。


 エリーザベトは旅行大好きな女だ。バーティーも現時点では王族というより競馬に興味をもっている変人だ。マクシミリアンも、あまり頼りがいはない。


 うん、あいつら、多分、「おかしいな。でも、ま、いいか」くらいで済ませそうだ。


「……理解したかな?」


 カヴールはニヤニヤと笑っている。


「理解したよ。でも、こうなると、俺は今後オーストリアには行きにくくなるなぁ」


「それも気にすることはない。三日後、ローマに行く船に乗るといい」


「ローマ?」


「君はサルディーニャに来て、ついでにローマも見たくなった。ローマに行って、そのうえでヴェネツィアなりミラノに戻れば、オーストリアの連中は特に何も言わないだろう」


 なるほど……。


 トリノに行って、そのまま戻ったなら、俺がサルディーニャで何か吹き込まれたのではないかと疑うかもしれない。


 しかし、トリノからローマに行って、ミラノに戻ったなら、俺が今までロンドンから来ていることも含めて、「この日本人はあちこちで競馬とオリンピックの話をするのが好きらしい」と解釈される、ということか。


「まあ、もちろん、君がローマには行きたくないというのなら別だがね?」


 ローマか……。




 世界史を少しでもかじれば、まずローマ帝国というのが出て来るが、中世以降のローマは正直影が薄い。


 ローマ教皇がずっと滞在しているのは事実なんだが、教皇権も十字軍が終わったあたりから下降線をたどっているはずだ。


 これは令和の現代でもその嫌いがある。ローマはイタリアの首都ではあるが、イタリアの中心地となるとミラノやトリノが上に来る。昨今は多少改善されているが、イタリアの南北問題と呼ばれたように経済格差も結構ある。



 経済格差は、文化の差、スポーツの格差ももたらしている。


 イタリア人はサッカーが大好きだが、ローマにある両チーム、ASローマとSSラツィオの優勝回数は合わせて5回。一方、ミラノのACミランとインテル・ミラノは両者合わせて38回。トリノのユヴェントスFCとトリノFCは43回である。


 差は歴然としている。


 ローマ教皇にしても、正直あまりスポーツとの関わり合いのイメージはない。むしろ、カトリックという保守的で古いイメージというのもつきまとっている。



「カヴールさんよ、俺がオリンピックをやるといううえで、ローマに行くことはプラスになるのか?」


 迷ったので、ここはカヴールに聞いてみることにした。イタリアという点では俺より遥かによく知っているだろう。


「大いにある。先ほども話したが、古代オリンピックはローマも開催していたのだからね」


「それはそうなんだが……」


 カヴールなりの愛国心があるのは理解できるが、歴史という点では正統性は古代ギリシアの方にあるわけで、本来の歴史なら最初の開催地は1896年のアテネだ。


 ローマでオリンピックが開催されたのは、1960年のことだ。東京だって1940年に開催地には決まっていたわけで、それより遅い。


「……とはいえ、ローマでオリンピックなるものを開催するのは適当ではない」


「うん?」


 歴史があると持ち上げつつ、カヴールは開催地としては適当ではない、と言い出した。


「実際に開催するとなると、一回目はパリかロンドンが妥当だろう。場所的としても文化としても欧州の中心だからね。ただ、古い時代との連続性というのなら、以前の場所でも何かをしたい。ギリシアで出来ればベストだが、あのあたりはイタリア以上に危険な場所だ。ならば、ローマがいいのではないかね?」


「ああ、そういうことか……」


 確かに、今のオリンピックでは聖火リレーが行われていて、これはアテネから持ってくるという建前になっている。


 俺がやる場合もそうしたいのはやまやまだが、カヴールが言うようにバルカン半島近辺は非常な紛争地帯である。


 だから、暫定的にローマを出発地点とする手もあるし、アテネをスタートとする場合も、船でローマまで運んでそこからパリやロンドンに運ぶのが賢いだろう。



 よし、それならばカヴールの話に乗って、ローマに行ってみるか。


 永遠の都ローマ。


 そこが次の目的地だ。

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