第4話 燐介、サルディーニャ首相から警戒される②
俺は近くの館に案内され、話をすることになった。
「ピエモンテは色々な計画をしていて、ね。その中で君と言う不思議な存在が浮かび上がってきて、念のため可能性を潰しておきたいと思った」
というようことを通訳から話される。
歴史上ではサルディーニャ王国で知られるが、イタリア・ピエモンテ州も含んでいたため、どうもピエモンテ王国という方が、通りがいいらしい。
まあ、令和の現代でも、ピエモンテの中心地トリノはイタリア好きならほぼ全員が知っているだろうが、サルディーニャ島の中心地カリアリは半分も知らないだろう。この時代からそういう扱いだったのかもしれない。
「可能性というのは何でしょうか?」
「君がウィーンの代理人若しくはそれに準ずる存在として動いている、という可能性だ」
「ウィーンの代理人……」
ここまで言われると、ある程度見えてくる。
サルディーニャ王国は、史実では1861年にイタリア王国となっている。4年後のことだ。ということは、それまでの間にミラノやヴェネツィアを支配しているオーストリア帝国との間に事を起こす。現在、その準備をしていて、かなりの段階まで進んでいるのだろう。
国際社会のことは分からないが、色々働きかけをしているに違いない。
ところが、ここに俺という、東洋の訳の分からない国から来たガキがいて、そいつがイギリス王子やオーストリア皇后と会ったりしている。
せっかくの準備が台無しになってしまうことを恐れたということだろう。
ただ、こんなことを俺に言ってしまっていいのだろうか。
「俺が嘘をつくとか、こっそり誰かと連絡を取るとは思わなかったのか?」
「もちろん、その可能性も考慮しているよ。だから、あらかじめ調査させていて、少しでも怪しいことを言うのであれば、疑いが晴れるまで思う存分ピエモンテ料理を味わってもらうつもりだ」
カヴールはそう言って、自らの太鼓腹をポン、ポンと叩く。
怖えぇ。
料理なんて言いつつ、毒とか食わせるつもりかもしれない、これは。
「さて、そのうえで尋ねよう。君は何をしに、イタリアまでやってきたのかな?」
「イタリアに来たのは、オーストリア皇后に手紙を渡すためだ。差出人はイギリス王子だが、政治的な中身の話じゃない。あの皇后はどちらかというと」
「そう、我々に好意的だ。ただ、表面的に見えるそれが全てではないからね」
「そう疑われたら、俺もどこまでも疑えることにならない?」
自分で言うのも何だが、滅多に見ない東洋人が、いきなりイギリス王子の手紙を持っているという時点で怪しさ大爆発だ。
「もちろんね。そもそも、君はどういうルートでイギリスに来たんだ?」
「それは、あれだ。俺とバーティーは競馬をしたいんでね」
「競馬……?」
「知らないの? 速い馬にレースを走らせて順位を争うやつ」
俺の説明にカヴールが笑った。
「いや、失礼した。まさか遠い異国人からイタリアの伝統・競馬の話を聞かされるとは思わなかったもので……」
「イタリアの伝統?」
競馬はイギリス発祥のはずだ。イタリアの伝統というのはピンとこない。
「かつてローマ帝国では戦車の速度を競わせるなどをしていた。それが一旦廃れた後、イギリスで再発見されたものだとみなしている」
ああ、ローマ帝国まで遡ってしまうのね。
それだったら、ほとんど全部のことがイタリア発祥になりそうだし、何ならエジプトやメソポタミア発祥になったりするんじゃないだろうか?
「……古代オリンピックというものにもローマは参加していたのだよ。これもまた、君が再発見したと言ってもいいかもしれないな」
「……何?」
こいつ、オリンピックの話題を知っているだと?
「……我がピエモンテは他国のバランスが崩れれば存続の危機に立たされるからね。情報収集に熱心なのは当然だろう?」
そうか、俺がイギリスで宣言したという話も知っているわけか。そもそもバーティーだって新聞に出ていたから俺のことを知ったわけだし、な。
あれ? そうだとすると、俺をそこまで疑うのっておかしくはないか?
文句を言うと、カヴールは悪びれもせず「そうだ」と答えた。
「とはいえ、念のためということはあるからね」
「そういうことをして、俺がピエモンテを恨んで、反対的な行動をとったりしたらどうするんだよ?」
そっちにとっては「念のため」だったのかもしれないが、銃を突きつけられてここに来るまでの俺の心境はそんなものでは済まないぞ。
マジで遺言とか残しておけばよかったくらい考えたし。
「あぁ、それは申し訳ないね。人の恨みを買うのは慣れているので、そういうことには意識が向かなかった」
人の恨みを買うことには慣れているって、何て奴だ……。
「ハハハ、それなりのことをしようと思えば莫大なエネルギーが必要だ。そのために多くの人間を信じさせることができれば一番だが、それは中々難しいんでね。それなら嫌われ者を作って負のエネルギーを集中させて、正のエネルギーを目的に向かわせた方がいい」
「その負のエネルギーを集中させるのが、あんたってこと?」
確かにスポーツなんかでも、チームの中に鬼軍曹みたいな嫌われ者がいることで選手達が「何くそ」とまとまることがあるというようなことは聞く。
チーム・サルディーニャ王国にとっては、ヘッドコーチのような存在の首相カヴールが嫌われ者になって、監督役の国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に結果を出させようということか。
「でも、随分大変じゃないか?」
「ははは、心配には及ばないよ。こんな体だが、正直病気がちでね、長生きは望めそうにない」
嫌われ者のまま死ぬとしても、イタリアを統一することの方が重要ということか。
思わず吉田松陰のことを思い出した。松陰とカヴールはかなり性格が違う。
ただ、国に対する思い入れに関しては似ているんじゃないだろうか。
ほぼ同じ時代、日本と離れたイタリアという地で、全く人種も立場も違う人間が同じようなことを考えていたのかもしれない。
そう思うと、何とも言えない不思議な気持ちになった。
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