第14話  バーティー、世界一のレースを提案する②

 幕末世界に転生して14年。


 俺は、まさかのイギリス・ロンドンで似たような思いを抱く男と出会うことになった。


 それがよりにもよって、バーティー……次期(次とは言っても四十五年先だが)英国国王エドワード7世ことアルバート・エドワードだったとは。


「フランスのナポレオン3世は伯父さんみたいなものだし、イタリアやオーストリア、ロシアあたりも巻き込んで、それぞれの最強の馬を競わせるレースがあったらおもしろいじゃないか。もちろん、アメリカや、日本の馬も運んできたい」


 さりげなくドイツ(プロイセン)が抜けているところにバーティーの深層心理しんそうしんりが見え隠れしている。母親ヴィクトリアも、父アルバート大公もドイツ系だからな。



 それで思い出したけれど、第一次世界大戦への流れの一要素には、エドワードのドイツ嫌い(主として母親のせい)も一役かっていたらしい。日英同盟、英仏協商、英露協商、仏露同盟の後押しなどドイツを孤立させる流れを作っていたからな。



 話がそれた。


 近代オリンピックにも馬術競技はある。


 ただ、レース形式というものに関しては存在していない。ルートを決めて複雑な動きをこなす馬場馬術、障害レース形式の障害馬術、この二つにクロスカントリーを足した総合馬術だ。


 レース形式がないのは、各大陸でのコースの違いなどが影響しているのかもしれない。


 欧州は土が柔らかく、進むのにパワーがいる。逆に日本は硬いからスピード特化の馬が勝ちやすい。


 土俵が違うのだから、公平な勝負が成り立たないとも言えよう。


 とはいえ、そんな専門的なことが19世紀の今、分かるはずもない。


 ここは素直に後押しした方がいいのだろう。


「それはすごいですね。殿下ならきっとできますよ」


 何と言ってもイギリスは最強国である。今後、俺が活動していく中でイギリス内部に話が通じる人がいることは大きい。


 ま、19世紀中はヴィクトリア女王が健在なので、バーティーがどこまで出来るのかという不安はあるのだが。


「ちなみに、だ。フランスでは来年、パリに新しい競馬場が出来るらしい」


 あぁ、これはあの……。


 

 この時代のフランス元首は1852年にクーデターを起こして皇帝となったナポレオン3世だ。


 ナポレオンという名前にどうしても引きずられがちになるが、半世紀前にヨーロッパを席巻した伯父の1世とは異なり、政治家としての能力が高い皇帝だった。


 彼はセーヌ県知事のジョルジュ・オスマンを通して、パリの大改造を行う。


 それまで血なまぐさく不衛生な都市だったパリは、この改造を通じて近代都市・世界都市へと変換していった。見た目も整然としたものになり、上下水道など衛生面も改善されたのだ。



 その中で、競馬場についても「世界都市パリにふさわしいものを」という声があがった。


 それまでパリにあったマルス競馬場は小さいところで、大レース開催はできそうにないところだった。一方、シャンティイ競馬場は大きいが、こちらは市街地から遠くて行くのが不便である。そこでパリ市内に近いところに新たに大きな競馬場が作られることになった。


 それがロンシャン競馬場、令和の日本でも凱旋門賞でおなじみのところだな。


「手始めに、イギリスとフランスのダービー馬とでレースができないか、管理人に掛け合ってみようと思うんだ」


「素晴らしいですね」


「おまえもフランスに来ないか? おまえのことをナポレオン伯父さんに知らせておきたいと思うんだ。あのババアヴィクトリア女王は頭が固いが、伯父さんは柔軟な人だからな」


 唐突に驚きの提案をしてきた。


「フランスですか?」


 フランスに行くということは頭になかった。


 アメリカを出てきたのはオランダ大使として駐在しているペリーの義理の息子オーガスト・ベルモントに会うためである。だから次に行く場所は当然オランダを想定していた。


 その後は……。多くのスポーツはイギリスで盛んだから、イギリスとオランダを行き来しようかと思っていた。



 しかし、ベルモントとも共通する話題は競馬である。


 だから、バーティーというコネを携えて、フランス競馬と関わってからベルモントと会うのも悪くないかもしれない。


 イギリスには負けっぱなしのイメージがあるフランスだが、ヨーロッパ大陸における強国であることに変わりはないし、ナポレオン3世も結構大物だ。


 何より、近代フランスはオリンピックを提唱したクーベルタン男爵や、サッカーワールドカップを提唱したジュール・リメといったパイオニアを産んだ場所でもある。その文化精神を知ることは大いに意味があるかもしれない。


「……分かった。松陰さんや山口が帰国するまでは動けないけど、その後だったらフランスにも行けると思う」


「OK! あ、そうだ。何だったら、シシィ姉さんにも紹介してやるよ。綺麗なドイツやオーストリアの女の子とか紹介してくれるかもしれんぞ」


「シシィ姉さん……?」


 ついに女の話が始まったと戦慄するが、シシィというのは聞いたことのある名前だ。


「あ、さすがに愛称だと分からないか。オーストリア皇后のエリーザベト・フォン・エスターライヒのことだよ」


「エリーザベト!?」


 というと、皇后エリーザベトとしてミュージカルにもなっている人のことか。この人もヨーロッパ一の美女と呼ばれたこともあるらしいよなぁ。



 ヨーロッパの上層階級の名前が次々に出てくる。


 ちょっと怖くなってきた。

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