第12話 燐介、英国女王に召喚される②

 二時間後、俺達は王室から派遣された警備に連れられ、バッキンガム宮殿の門の中に入った。


 考えるまでもなく、これはすごいことだ。


 相手はヴィクトリア女王。この時代では世界でもっとも偉い存在と言っていい。その存在に会えるかもしれない、とは。


 これはデューイも同じであからさまに緊張している。


 無理もない。後にアメリカ海軍の元帥まで昇り詰める彼だが、まだアメリカ海軍においてはペーペーの存在に過ぎない。


 英国女王に会えるかも、など夢にも思わなかっただろうからな。



 ただ、女王達は俺達に何を求めているのか。


 もちろん、彼らの息子バーティーことエドワード・アルバートのことだとは分かる。


 とはいえ、彼とは昨日初めて出会っただけだ。向こうは俺達を尾行していたらしいが、その理由も含めて何も分からない。


 彼のことをあれこれ聞かれても、俺達には答えようがないし、何かを知っていると思われると結構厳しいものがある。



 うーん。


 まあ、考えていても仕方ない。


 なるようにしかならない。腹をくくるしかない。



 21世紀に生きていた俺であるが、当然だがバッキンガム宮殿は見たことがないし、それに類する建物に入ったこともない。映像で見た記憶はあると思うが、さすがにこれらの記憶は薄れている。


 だから、バッキンガム宮殿の大きさ、その華麗さには驚かされるばかりだ。部屋も多すぎてどこで何がなされているのか全く分からない。


 案内された部屋も広さが三十畳くらいあり、高価そうな絵や花瓶が随所に置かれてある。


「すごいな……」


 総司もさすがに圧倒されているようだ。松陰と山口も冷や汗をかいている。



 真ん中にあるソファに座って、しばらく待っていると奥の扉がノックされた。


「女王陛下のおなりである」


 という声とともに扉が開いた。


 その向こうから、現れたのは……


 お、おぉ?



 小さい。


 きめ細やかなドレスを着て現れた女は、俺達とあまり変わらない、あるいはちょっと低いかもしれない。150センチあるかないかというところだろう。


 それでいて結構横は広い。ウェイトは間違いなく松陰や山口より重いだろう。


 これがヴィクトリア女王……。


 端的に言って、見栄えはイマイチかもしれない。



「東洋の客人よ、遠路はるばる英国へようこそ。歓迎いたします」


「こ、こちらこそ、英国女王に拝謁できまして、至高の思いでございます」


 おぉ、松陰もさすがにへりくだっているな。


「そんな客人に対して、失礼な質問をすることをお許しください」


 来た。


 一体、何を聞かれるんだ?


「貴方達と昨日一緒にいた愚か者は、私の息子アルバート・エドワードです」


「そ、そうだったのですか? それは恐れ多い。ご無礼をお詫びいたします」


 事前のやりとり通り、ここで初めて知ったフリをして驚いてみる。


 女王は気にしていないようだ。


「昨日、彼は貴方達と競馬をしていたといいます。そのお金で何をするか聞いていましたか?」


 競馬の金?


 確かにバーティーも勝ち馬に金をかけていて、その金を俺達は持っている。


 ただ、何をしたいかということは聞いていない。


 エドワード7世の逸話からすると、馬でも買おうとしていたんじゃないかという気がするが。


「女を買おう、などとふしだらなことを申してはいませんでしたか?」


「い、いや、そんなことは……」


 ヴィクトリア女王の厳しい表情にたじろぎつつも否定する。


 というか、そんなことは全く言っていなかったし。


「東洋の客人よ、女王の諮問である。有り体に答えるのだ」


 顧問らしき男も尋ねてくる。松陰が「どうしたものだろう」と俺を見た。


「どの馬が勝つだろうという話をしただけで、その後、何をするかは全く聞いておりません」


 俺が代わりに答えるが、女王の表情は厳しくなるばかりだ。


「本当か? ここは英国、嘘が許されない国だぞ」


 つかないよ。そんなことする意味がないよ。


 あと、英国が嘘をつかないというのはないだろう。


 現代の中東問題などは英国の嘘というか二枚舌三枚舌のせいで生まれたようなものじゃないか。



 それはさておき。


 うーむ、どうやらバーティーの奴、母親に全く信用されていないようだ。


 まだ少年なのにこれだけ母から疑われているのは気の毒だな。


 ただ、女好きに関しては疑っている通りだから、擁護はできないんだが。


「我が家系は放蕩者が多く、夫の家も女好きが多い血筋です。私達夫婦はまともなのですが、その分バーティーに淫蕩の血が濃く混ざっていないか、ああ、心配で夜も眠れません」


 女王が頭を抱え、お付きの者が「陛下、お気を確かに」と支えに入る。


 いや、そこまで言うのはちょっと可哀想じゃないか?


 淫蕩の血が濃く混ざっていないか、なんて本人が聞いたらトラウマものだぞ。


 そもそも、外国人にそんなこと話していいのか? もしかして、秘密を知られてしまったから生かしておかないなんて展開にはならないよな?



 その後、色々な形で聞かれたが、知らないものは知らないから答えようもない。


 女王はかなりイライラしてきたが、周りの者達はどうやら俺たちのことを信じてくれたようで、「これ以上聞いてもムダだと思います」ととりなしてくれた。


 結局、俺達は「今日のことは内密に願いますぞ」と念入りに口封じをされて、外に出された。



 とにかく滅茶苦茶疲れた。

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