第11話 燐介、英国女王に召喚される①

 突然現れて、嵐のように去っていったバーティーに、一同も唖然となっている。


「燐介、あいつは何だったんだ?」


 総司が呆れたように言う。


「あいつは……多分、次のイギリス国王だ」


「次のイギリス国王!?」


「大分、先の話だとは思うけど……」



 19世紀後半のイギリスはヴィクトリア女王の下で、まさしく大英帝国と呼ぶべき繁栄を迎えていた。


 そのため、彼女の次の国王エドワード7世はやや知名度が低い。


 何せ母親が長生きしたのでプリンス・オブ・ウェールズの時代だけで五十年以上あったはずだ。この称号を一番長く名乗っていたのは俺が転生する直前(令和四年11月)に国王になったチャールズ3世だが、その次がエドワード7世だ。


 令和時代の国王チャールズもダイアナ妃の件などで随分と問題を起こしたが、問題児という点ではエドワード7世の足下にも及ばないだろう。


 とにかく桁違いだ。


 エドワードは欧州一の美人と呼ばれたデンマークのアレクサンドラ王女を妻に迎えながら、記録に残るだけで他に101人の女性と関係したと言われている。


 父親が重病のさなかにもスキャンダルを起こしてその死を早めさせてしまい、そのために母親から相当嫌われたという。


 本人も母親のことをかなり嫌っていたというが、間違いなく自業自得だろう。




 消えたバーティーを追跡していった連中が、諦めたように戻ってきた。


 その視線が俺達の方に向いてくる。


 これはまずい。俺達は全員顔を見合わせる。


「失礼、貴殿達は新聞を騒がせている東洋からの客人ですな」


 一人が帽子を取って挨拶してきた。


 口調は丁寧だが、警察の職務質問と同じような雰囲気だ。次々と仲間が合流してきて、俺達は六人の男達に包囲されてしまった。全員180センチくらいはありそうで、子供の集団が大人に取り囲まれているような状況である。


 とはいえ、俺達としても別にやましいことがあるわけではない。さも俺達が何かやったかのように取り囲まれるのは心外で、松陰もムッとした様子である。


「左様である」


「先ほどまで一緒にいた少年とはどのような関係で?」


 さすがに「プリンス・オブ・ウェールズ」であるとは明かせないのだろう。俺達が知っているとなると、事は更にややこしくなりそうだ。ここは俺達も付き合って、知らないフリをしておいた方がいい。


「一緒になったのは先ほどだ。ただ、彼らが言うには少し前から手前どもを尾行していたらしい。何故、手前どもの後にいたのかは知らない。馬に詳しいようだが、何者であるかは分からない」


 松陰が堂々と答えると、包囲している連中が少し距離を取ってヒソヒソ話を始めた。


「……確か、宿泊先はアメリカ海軍御用達の……」


「そうだよ。別に逃げ隠れするつもりはない」


 デューイが答えると、彼らは再度ヒソヒソ話を始めた。


 うーん、彼らは何を考えているんだろうか。


 俺達が英国王子とつるんで、より悪事をさせようと警戒されているのだろうか。


「俺達は英国について一週間くらいだ。彼と何か相談する時間なんかないよ」


 と答えると、「それもそうですな」と相槌を打ってはくれるものの、話は止まらない。というより、彼ら自身どうしたらいいか分かっていない様子である。


 しばらくの相談の後、彼らの中では、ここで俺達を尋問しても無意味だという結論に達したようである。


「……失礼しました。お帰りになってもらって結構です。ただ、この先、先程の少年が接触してきても相手にしないようお願いいたします」


「承知した」


 ようやく解放されると、俺達は先ほどのレースの賞金を受け取り、馬車でホテルへと戻る。



 馬車の中での話題は、当然のごとくバーティーのことになる。


「彼は馬の良し悪しを見抜いた。古代より名馬を見抜く者には名将の資質ありという」


 松陰が難しいことを言っている。


 とはいえ、全く外れている話ではない。


 馬を見る目は間違いないはずだ。


 エドワード7世の競馬好きは相当なもので、自ら馬主として馬を保有し、ほぼ全ての重要レースで勝利している。プリンス・オブ・ウェールズ時代にも、国王になってからも、ダービーを制している。競馬という観点だけで見れば最強の国王だ。


 名将というのも全くの間違いではないだろう。


 問題児ではあったが、国王としては有能だった。日本人にとっては日英同盟締結を支持し、同盟国として日露戦争の勝利を支えてくれた時の国王だ。それでいて、ロシアとも和解したし、フランスとも良好な関係を維持した。


 女好きでハーレムまがいのものを築きつつも、仕事はきちんとする。


 ライトノベルの主人公のような男である。


「でも、何であいつは俺達を尾行していたんだ?」


「うーん、東洋人に興味があったのかも」


「あいつの賭けた分の金、どうするんだ?」


「知らん……」


 先程の連中はもう会うなと言っているから、こちらから返しに行くわけにはいかない。取りに来るかというとそれも微妙だろう。


 そもそも、プリンス・オブ・ウェールズがレースに賭けていたという事実を明るみにしていいのかという問題もある。



 ホテルに戻り、夕食をとる。


 回りに別の客もいるので、さすがに話題にするのはまずいから、競馬自体を話題にしていると、食堂の入り口が開いた。


「げっ……」


 最初に気づいたデューイが呻く。振り返った俺も「あちゃあ……」となった。先ほどまで包囲していた二人がよりビシッとした身なり、具体的には勲章なども引っ提げて中に入ってきたからだ。


 俺達の席まで歩いてきて、ビシッと直立する。


「食事中のところを失礼、昼間の件について直々に諮問しもんしたきことがあるので、食事後にバッキンガムまでお越しいただけますでしょうか?」


 口調は丁寧だが、有無を言わさぬ様子だ。


 しかもバッキンガムまで来いという。聞くまでもなくバッキンガム宮殿のことだろう。


 となると、呼び出している候補は二人しかいない。


 ヴィクトリア女王本人か、その夫アルバート大公のどちらかだ。



 とんでもないことになってきた。

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