第27話 密航決行③
「ブキャナンさんだっけ。俺のことを『この若僧が』って顔をしているけれど、俺はこの国の年齢では13歳だよ」
通訳してくれるだろうウィリアムズの方を見ながら、説明を始めた。さすがにこういう時は下手な英語で話さない方がいいだろうからな。
「確かこの艦隊の隊長ペリーさんにしても、ペリーのお兄さんのオリバー・ペリーさんにしても海軍に入ったのは14歳じゃなかったっけ? つまり、今の俺と1歳しか変わらないってわけさ」
ウィリアムズが俺の話を聞いてギョッと驚いた顔になった。少し迷った後、結局そのまま通訳して伝えている。今度はブキャナンの顔色が変わった。
「……君は何故、提督の兄のことを知っているのだ?」
「有名じゃん。イギリスとの戦争で活躍したんでしょ?」
ペリー一家というのはアメリカでは非常な名門であるが、一番有名なのは日本に来たペリーではなく、その兄のオリバー・ペリーだ。後の海軍に彼の名前を冠した船が何隻も作られている。
ペリー一家をきっかけに、俺は更に踏み込んだ話をする。
「アメリカはこの前までメキシコとも戦争をしていたよね? で、メキシコには勝ったけど、今度は工業化を進めたい北部と、奴隷を使った農業が中心の南部とが不仲になっているんじゃない? 内戦になったら大変だよね」
ウィリアムズは今や完全に怯えた目つきになっている。通訳の役割を放棄して、直接俺に尋ねてきた。
「何で、そこまで知っているんだ? 江戸の老中や高級旗本だって、そこまで知っている者はいないというのに……」
「さあ、何故でしょう?」
俺は煙に巻いた。
「一体何が目的なんだ?」
「ちょっと、中佐に話をしてよ」
俺達がしばらく日本語でずっと会話しているから、ブキャナンは唖然と口を開いたまま、待ちぼうけを食らっている。
「あっ……」
本来の役目を思い出したウィリアムズがブキャナンに俺の会話を説明する。最初は信じられないというような顔をしていたが、次第に不機嫌になってきた。あ、何か使ったらいけない言葉も使っているような気がする。
早口なのではっきりとは分からないが、ブキャナンが「このガキは悪魔の使いなのではないか?」みたいなことを言っていて、「何か理由があるかもしれません。詳しいことを提督と共に調べた方が」とウィリアムズが宥めている。
俺が英語を多少は分かるということを思い出したのだろう。途中から、ヒソヒソと耳打ちするように話を始めた。
ヒソヒソ話が十分ほど続く。
俺はその間、ただ待つだけである。
更に数分、話が続く。
最初のうちはウィリアムズがひたすら説得しているという様子であったが、途中からブキャナン側が話す時間が長くなっている。ということは、扱う方向性は決まったんだろう。
二人とも最初は興奮していたけれど、途中からは冷静だ。だから、そこまで酷い扱いはないだろう。
果たしてどうなるんだろう。一気に「採用」となるか、あるいは一度出直してペリーと面会ということになるのだろうか?
ブキャナンが一通り話をし、俺の方へウィリアムズを押し出した。
ウィリアムズがそれを受けて俺の前に戻ってくる。
「リンスケ・ミヤジと言ったかな」
「そうだよ?」
「君は知っていると思うが、我々アメリカは徳川幕府と条約を締結した。君達、日本の人達を勝手に連れていくわけにはいかないのだ」
「じゃあ、俺達を追い返すということ?」
うーむ、あくまで原則を貫くのだろうか。そうだとすると、ちょっとまずいな。
「……それが原則なのだが、君を追い返すと、アメリカにとって不利益になるかもしれない。それは都合が悪い」
来た!
「確かにね。俺はアメリカだけじゃなくて、イギリスもフランスもロシアも知っている。アメリカがダメなら、他にいい条件を提示することもできるよね」
「うむ。だから、君については乗船を認めよう。しかし、残りの三人まで連れていくのは、やはり不適当ではないかと考えている」
「いや、それはないでしょ」
俺は即座に反対した。
いや、本当のところはこの提案に乗った方が正しいのかもしれない。
山口はともかく、松陰と総司は連れて行った際のリスクが大きい。歴史が変わり過ぎてしまう。このまま追い返してしまって、俺の知る歴史のままで済ませた方が百倍賢い。
とはいえ、俺は二人と関わり過ぎてしまった。
歴史を俺一人だけのものにしたいというのもある種のエゴだ。
そのために二人の信頼を裏切ることは、今の俺にはできない。
だから反対する。
「仮にこの船がどこかに漂流したとして、別の船が『ブキャナン中佐。中佐だけ助けよう』と言ったら、あんたは船員を見捨てて自分だけ乗り移るのかい? アメリカ軍人ってそういうものなの?」
ウィリアムズが苦笑した。ブキャナンに伝えると、彼も「参った」という苦笑いを浮かべて二度頷いた。通訳を介さず、ゆっくりと話してくる。
「……OK、君の勝ちだ。乗船を認めよう。あと」
「あと……?」
まだ何かあるのか?
「あと、私も14歳で海軍に入ったのだ。覚えておくように」
そう言ってニヤリと笑った。
俺は一転して苦笑いを浮かべる、「了解。覚えておくよ」と答えると、ブキャナンが右手を出してきた。
俺も進み出て握手を交わす。
アメリカ行きが叶った瞬間だった。
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