第26話 密航決行②
アメリカ兵二人は
総司は小声で「斬ろうと思えば斬れるね」と物騒なことを言っているが、もちろん、本気でそんなことをするつもりはないようだ。代わりに先程の大統領列挙について尋ねてくる。
「燐介、さっき、あいつらに何を言っていたんだ? 何だか呪文みたいなことを口走っていたけれど」
俺は苦笑した。確かにアメリカ大統領の羅列なんて、分からない人間からしたら呪文か何かにしか聞こえないだろう。
「君は、異国の言葉が分かるのか?」
松陰の驚きは別のところにあったようで、呆気にとられた様子で聞いてきた。俺はピースサインを出す。
「多少は、ね」
そう答えて、アメリカ側の出方を待つ。
20分ほど待っただろうか。先ほど離れていった兵士が上官らしい大男を伴って戻ってきた。いかつい顔に大きな体格、一瞬、こいつがペリーかと思ったけれど、髭が生えているから別人だろう。
「おまえはイギリスのことを知っていると言ったらしいな?」
大男がドスの効いた英語で聞いてくる。ハリウッドのアクション映画で見るような脅し文句、そうした響きがある。
その露骨な響きが、逆に俺を冷静にさせた。だから、思いっきりすっとぼけてみる。
「どうだろう? 知っているかもしれないね?」
この時代のアメリカは、まだまだ列強の中では後進国だ。だから、最強国イギリスの動きにはどうしても神経質にならざるをえない。俺のような小僧といえども、イギリスのことを知っているかもしれないとなれば無視できなくなる。
「とりあえず、俺達を船に乗せてくれよ」
そう要求すると、上官もあからさまに迷っている。まだ条約が軌道に乗っていないのに、いきなり日本人を四人も連れていっていいのか、迷っているようだ。
更にもう一人がかけつけてきた。こちらは髭が豊かで体格が細い男だった。軍人というよりは学者のような印象だ。
「君は、我々の言葉が分かるのか?」
若干たどたどしいが日本語の質問で、三人がびっくりしている。
ペリー艦隊で日本語が話せる、ということは、この人が松陰の密航時に通訳をしたサミュエル・ウィリアムズだろう。
「多少。多少だよ」
俺は親指と人差し指で「少し」とポーズをとる。
「……乗せたまえ」
ウィリアムズが指示を出した。アメリカ兵がボートを出して、乗るように指示を出す。
松陰も山口も、総司も大喜びだ。
第一段階はクリアできたらしい。
黒船の中に乗り込むと、三人は完全にお上りさん状態で、あちこちを眺めては見慣れない造りや器具に嘆声をあげている。
俺もリアル黒船に乗った経験はもちろんないが、テレビ番組で多少見たことはあるから、ものすごく驚くということはない。それ以上に、前のウィリアムズをはじめ、アメリカ側がどう出て来るかに注意をする必要がある。
「ペリー艦長はいないの?」
と尋ねると、ウィリアムズは「町の方だ」と答えた。
そうか。依然として条約実施の方法を相談しているというわけだな。
「じゃあ、ここには責任者がいないの?」
「そういうことはない。ブキャナン中佐が乗っている」
ブキャナン……、確かペリーの副官はアダムスだったと思うが、彼は条約締結後、ワシントンに報告に戻っていたような話があった。
となると、現時点ではブキャナンが一番上ということか。
船内に入るところで、ウィリアムズが一緒にいた大男に指示を出している。さすがに早口でまくしたてられるとはっきりとは分からない。ただ、「彼を船長に会わせに行く。君達はこの三人を見ておいてくれ」というようなことを言っているようだ。
確かに、アメリカ兵にとって厄介なのは俺だけだろう。残りの三人は、日本国内の知名度は別にしても「幕府との約束があるんで」と追い返しても問題のない連中である。俺がたいしたことがないと分かれば、全員追い返して終了となる。それがブキャナン中佐にとって理想だろう。
だが、そうはさせない。
船長室の前までついた。ウィリアムズがノックをして、ドアを開ける。
目の前に
「ほう、また随分子供ではないか?」
ウィリアムズが慌てて弁明している。
「はい。ですが、我が国はもちろん、イギリスのことも知っていると言いまして」
「まさか。こんな後進国の小僧が?」
ブキャナンが舐めた視線を俺に向ける。「何かの間違いだろう」。そう言わんばかりの顔をしていた。
いよいよ、大一番だ。
さて、どうやりこめたものかな……。
※初期稿でペリーが函館に向かっていたとしていましたが、この時期まだ下田にいた可能性の方が高いので内容を修正いたしました。
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