応援コメント

第21話 下田での出会い」への応援コメント


  • 編集済

    >途中、近藤と沖田は小さな道場を見つけると、交流試合を申し込んだりしていて、割と楽しい旅だ。

    小田原藩や天領・旗本領の道場を徒歩で巡って交流試合。これはこれでのんびりしていいですね。試衛館組には嵐の前の静けさですが。

    冬の選手権ですか、振り向くな君は美しいが脳内再生されます。
    >御影師範学校

    師範学校って今で言う教育大学、教育学部じゃないですか。中学・高校と同じ土俵ならそりゃ強いでしょ。
    旧制教育制度は飛び級もあるし、学校の種類が多過ぎて分かりづらいなあ。

    作者からの返信

    他流試合も上位のところは色々制約あって厳しかったらしいですが、試衛館くらいだとあまり気にせずちょっとした停泊がてらで来たみたいなところもあるみたいです。
    多分有意義なものだったのではないかと。

    バスケットボールが最初に伝わったのも神戸だったみたいですし、昔の神戸は色々有利だったようです(^^;)


  • 編集済

    これまた新たな展開が……。

    ところで、以前もあったかと思いますが「幕の内」は「松の内」の意で使われてますか?

    作者からの返信

    日本のスポーツ史を考えると結構重要な人なので出しておくついでに、後々の保険も兼ねて友人?登場となりました。

    >「幕の内」は「松の内」
    おぉぉ、これは何とも情けない勘違いを……(^^;)

  • ギフトメッセージに書かせていただいたのですが、私は吉田松陰先生のファンでした。
    高校の時の修学旅行は中国地方で萩にも行きました。お土産に松陰先生の銅像風のフィギュアや絵馬を買いましたが、あのフィギュアや絵馬の絵は写真も残っていないのに想像が元だったのか? と思いました。

    作者からの返信

    私は祖母の実家が萩にあるので、結構行ったことがあります。特に誰というのはなく、今回の話で改めて調べなおした部分もかなりあります(^^;)

    グッズの絵柄はどうなんでしょうね~。西郷隆盛も写真が残っていないですが、知り合いに聞いたりして銅像を作ったそうなので、松陰先生ゆかりの人に聞いて作ったのかもしれませんね。

  • 嘉納治五郎!いだてん!

    作者からの返信

    日本の近代でスポーツとなると外せない人ですが、さすがに1860年生まれなので出すことは無理なので、親を通じて触れておきました(^^;)

  • むむむ、これはややこしい話になってますね。もしや山口君の先祖のそっくりさんかもと思いきや……現代知識をベースとした動きもあるようですし、記憶が欠けている? これは転生の仕組みの解明が待たれますね。

    作者からの返信

    ダブル転生なのか、あるいは先祖に出会ったのか。
    松陰と行動を共にしていたのは史実では別の人物ですし、何かの意味を有していそうです。

    と言いつつ、実は書いた当時あまり深く考えていなかったのですが(爆

  • へぇ、そんなサッカーの名門校があったんですか。
    最近はどこも群雄割拠の様相を呈してますね。
    あと、途中で気になる表記として「その二つを探す人物を探せば」がありました。

    作者からの返信

    誤字報告ありがとうございます。

    サッカーに限らず、今は何かの競技で勝てれば学校が有名になれるので、競争がし烈になっていますからね。大学終わった後は競技によってはさっぱりですが(汗