第19話 燐介、武家の女子の本気を見る
嘉永七年、西暦で言うと1854年を迎えた。
もっとも、俺は年末年始というよりも、ペリーが黒船を引き連れて戻ってくることを期待している。早く来ないかなぁ。
そうこうしているうちに松の内(一月十五日)を過ぎた。
ある日、俺のところに万次郎がやってくる。
「例の綺麗なお嬢さんが外にいるぞ」
「えぇっ?」
また千葉佐那が来ている?
今度は何なんだろう。
「俺は違う道場に通っているって言っておいてくれよ」
実際、時々試衛館に出入りはしているからな、嘘は言っていない。
ま、剣術の鍛錬はほとんどしていないが。
そう頼んだが、万次郎はけんもほろろに断ってきた。
「自分で直接言えばいいじゃないか」
確かにその通りではあるのだが……、何というか、苦手なんだよなぁ。
まあ、あと二か月もしないうちに俺はアメリカに行くのだし、最後だと思えばいいか。そう思って、俺は玄関まで向かうことにした。
玄関に行くと、佐那はいつもとほぼ同じ道着姿で正座していた。どうも俺以外にはきちんと挨拶をしているらしく、たまに来るとみんな喜んで玄関まで挨拶に行くらしい。
「何か用ですか?」
恐る恐る尋ねると、キッとした目つきを向けてくる。
「千葉道場まで来てください」
そう言って立ち上がった。
異論・反論一切許されない様子だ。
かなり長い時間正座をしていたと思うのだが、慣れているからだろう。全く足が痺れている様子もない。
「な、何で?」
「最近、試衛館で修練をしていると聞きました。兄が、どの程度うまくなったのか見てみたいと言っております」
げっ。それはまずい。
修行なんてほとんどしていないから、今、再戦してもあっさり負けるのは間違いない。
それはいいのだが、「試衛館などたいしたことがない」と言われるのは困る。
もし、そんなことになったら、近藤や土方が「何じゃ、千葉道場のような大道場が何でウチらの文句を言うんじゃ」と拗ねてしまうかもしれない。
彼らが武家社会に反感を持ってしまうと、後々浪士組から新選組結成の過程において「そこまで幕府のために働かんでもいいのではないか?」となりかねない恐ろしさがある。
そんなことを考えているうちに道場についた。
準備をしようと中に入ると、誰もいない。
「あれ……? 重太郎さんや龍馬は?」
「兄はもうしばらくすれば戻ってきます。それまでは私が相手をします」
佐那はそう言って準備を始めた。
断れる雰囲気ではないので、仕方なく向き合う。負けることは分かっているので、これといった緊張もない。
やられる前に言い訳しておこう。
「あ、あのさ、俺はこういう性格だから、試衛館でそんなに必死に稽古とかしていないんだ。だから、俺が弱くてもそれは嶋崎さん達が下手だということではないので」
「そんなことは分かっています」
キッパリと即答された。ま、まあ、佐那は俺の性格をある程度は分かってくれているよな。
「そ、そういうことなら、お、お手柔らかに。ウワッ!」
途端に佐那の剣がブワッと空気を斬って迫ってくる。無意識に竹刀で受け止めると、ベキャッという物凄い音がした。
竹刀が根本からバックリと折れている。
「……う、噓だろ……? って、それ、木刀じゃねぇか!」
俺は仰天した。佐那の奴、俺には竹刀を持たせて、自身は木刀を持っている。
というか、木刀を持って稽古なんて聞いてないぞ!
千葉道場で何回か見ているが、そんな稽古している様子、一度も見たこともないぞ!
「しっかり見ていない燐介が悪いのです」
佐那は全く取り合わない。再度凄まじい勢いで木刀を振ってくる。
まともに当たったらタダでは済みそうにない。
「うわぁぁっ! こ、殺す気か!?」
「殺しはしません。半殺しにするだけです」
「同じじゃねえか!」
俺は反論するが、佐那は全く聞く耳を持たない。
何度か撃ち込まれ、俺は必死でかわす。もう剣道の体捌きとかそういうものではなく、ただひたすら逃げ回るだけである。できれば道場から走って逃げたいが、佐那に入り口側を押さえられている。簡単には逃げられそうにない。
「足を二本くらい折って、異国に行こうなど二度と思わないようにします」
「足を二本くらいって、足は二本しかないんだぞ! って、あれ……?」
何で、佐那は俺がアメリカに行くつもりって知っているんだ?
「二日前、土方様と池田様の屋敷近くで会いました。以前の御礼にと食事に付き合ったら、おまえが伊豆下田まで行くと言っておりました」
犯人、土方か!
確かに口が軽そうだけれども!
でも、後々ちょっとしたことで「
「坂本様にそれとなく聞いてみましたが、土佐屋敷の方でおまえが江戸を出るなんていう話は一切ないという。つまり、国抜けをしてまで、おまえは黒船に関わり合うということ……」
「え、えぇっと……」
図星過ぎて返す言葉がない。
佐那は泣いている。
「おまえは私を貰うと言いました。それでありながら、半年もしないうちに異国に行ってしまおうという、そのいい加減な性根が許せません! それでも行くと言うのなら、私を超えて行きなさい!」
ひえぇぇぇっ。
重い!
重いって!
確かに俺が悪かった!
冗談とはいえ悪かったけれども、そこまで本気にしなくても!
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