第20話 燐介、将来を約束する?
幕末に転生して11年。
俺は今、転生人生最大の危機に立たされている。
武士に二言はないというからなぁ。
軽率な発言などするものではなかった。
かくなるうえは……。
「申し訳ありませんでした!」
土下座しかない。
「私が完全に悪うございました。どうかお許しください」
むむ、こうやって土下座してみると、足も守られているし、手で頭を覆えば痛手を避けられそうになっているんだな。何だかんだ身を守るにもいい体勢なのかもしれない。
「……何故、そこまでして異国に行きたいのです?」
しばらくの沈黙の後、佐那が溜息まじりに言う。
恐る恐る見上げてみると、怒りの表情というよりは呆れたような顔になっている。
俺の迷いのない土下座に、機先を制されたというところだろう。下手に言い訳していたなら、本当に手か足の一本くらいは折られていたかもしれない。
「俺のやりたいことは、アメリカに行かないとできないんです」
顔を上げて答える。
幕末日本を変えてみたいかと言われれば、変えてはみたい。
しかし、中途半端に関与した結果、より大きな悲劇を生むかもしれないのも事実である。そこまでして、変えたいものではない。
アメリカに行って、色々なスポーツを史実より早く発展させることで、不幸になる人はいるかもしれない。しかし、俺が今まで勉強してきた分野だし、責任を持てるとまでは言わないが覚悟はできる。こればかりはアメリカやイギリスに行かないとどうしようもないのだ。
再度、佐那が大きな溜息をついた。
「……決意を変えるつもりがないということは理解しました。しかし、このままでは私の心が収まりません。そこでジッとしていなさい」
「は、はい……」
これはあれだ。現代ドラマならビンタをくらうシーンだろう。
仕方ない。俺は頭を下げて縮こまる。
佐那が二度気合の声を発し、俺の怪鳥のような叫び声が道場にこだました。
「……全く」
佐那が木刀を本来ある場所に戻す。
背中を二発、しこたま叩かれた俺は、ただ道場に這いつくばるのみ。恐らく、令和風に言うなら新聞紙でつぶされた害虫のような姿だろう。
「いつまで寝ているのです? 男なら立ち上がりなさい」
「そういうのは一回、本気で自分を殴ってみてから言ってほしいんだけど……」
とは言っても、今は冬場である。道場の床にはいつくばっていると腹が冷えることこのうえない。痛む背中をさすりつつ、どうにか座り込む。
佐那は庭先へと歩いていく。どうにか立ち上がってついていくと、庭の枯葉を集めて焚き火を起こした。
「兄も言っていましたし、変わった人だとは思っていました」
佐那が誰に言うでもないような様子で話し始める。
「土方様と親しく話をしている様子を見た時に、ふと思いました。もしかしたら、燐介はその人間がどうであるか見通せる能力があるのではないかと」
なるほど。俺を凄腕の占い師みたいに思ったわけか。
「そこで嫁に行けるか聞いたところ、おまえはまるでこの世が終わったかのような顔をしました。その時に悟りました。どうやら、おまえは私の先のことを知っているらしい、と。同時に、私を嫁にもらう男はいないらしい、とも」
「そ、そんなにあからさまな顔をしたかなぁ?」
全く自覚がないんだけどなぁ。
と思うと、佐那がクスッと笑う。
「……ほら、今も否定しないではないですか」
ぐっ。
確かに、普通の奴なら「佐那さんほどの人なら、絶対嫁に行けますよ」というだろう。
でも、俺は言えない。そうじゃないと知っているから。
「……もちろん、嫁に貰うというのは子供の冗談だろうとは思いました。が、燐介の生きざまは兄上とも坂本様とも、千葉道場の誰とも違うようでした。私達は毎日を同じように過ごしていますが、おまえは全く異なる毎日を過ごしているようで。こんな人の嫁になったら楽しいんだろうなと思いました」
「はい。申し訳ありません……」
確かに、江戸時代の人間は老若男女身分問わず、ほぼルーティンワークな生き方をしていた。朝起きて、午前にやること、午後にやること、決まっている。
周りに合わせているつもりだったけれど、21世紀から来た俺は、やはりそういうところで一日一日を別のものとして捉えていて、それが分かる人には分かってしまったんだろうなぁ。
「冗談でもしばらくは夢を見させてくれるのかと思ったら、一か月もしないうちに来月には異国に行って、二度と帰ってこないなどと土方様は言う」
ひ、土方め……。二度と帰ってこないなんて一言も言ってないぞ。佐那が美人なものだからあることないこと言って関心を買おうとしたんだろうな……。
「その時には本当に両足をへし折ってやろうかとも思いましたが……」
「それは勘弁してください」
再度土下座を余儀なくされる。佐那がまた笑った。
「……でも、自分にはやらなければならないことがあるという真剣な眼差しに負けました。
あぁ……。
この物わかりの良さが、結果的に彼女を長らく独身に追いやった原因なのかもしれない。龍馬にしても、追うものがあるからと見守り続けていて、でも、結局龍馬の追い求める人生には佐那が入る余地がなくて……。
「佐那……」
「何でしょう?」
「もし、12年後、佐那がまだ一人なら……」
「恐らく一人でしょう」
「その時は、もう少し本気になって言うよ。この前、言ったこと」
佐那は一瞬呆気にとられたような顔をした後、微笑した。
「もう一度裏切るのなら、今度は本当に容赦しませんよ」
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