第18話 燐介、新撰組を護衛にする

 激しい試合を繰り広げた以蔵と総司の周囲に人が集まる。全員が「凄かった」、「また見たい」と褒め称えていて、連れてきた俺も鼻が高い。


「中々面白い試合だった」


 と、俺の隣に近藤が腰かけてくる。


「ただ、君の用件はそれだけではないようだね」


「あ、分かります?」


「心ここにあらずという顔をしているからね」


 よし、他の面々は総司と以蔵に気を取られているし、ここでお願いをするか。


「実はですね」


 俺は来年、黒船が浦賀に来るらしいので、それを見に行きたいこと。そのために相模さがみ伊豆いずまで護衛してほしい旨を頼んだ。


 近藤は呆気にとられた顔で、俺の顔を眺めこんでくる。


「う~む、面白そうではあるのだが、通行手形が出るものかな……」


「手形……?」


 しまった!


 国抜けになるのは武士だけではなかった。庶民も勝手に江戸を出ることは許されていないんだった。


 これはまずい。俺は無意識に犯罪行為を推奨してしまったことになってしまう。近藤から怪しまれてしまったとしても不思議はない。


 浦賀にいる黒船を見ようと、江戸から庶民も押し寄せたというような話を見ていて、すっかり忘れていたが、この時代の日本は移動も大変なんだった。万次郎と一緒に江戸まで簡単に来られたのですっかり油断していたなぁ……。


 俺は恐る恐る近藤を見た。


 あまり怒っている様子はない。腕組みをして考え込んでいる。


「……とはいえ、来年の話か。剣術の出稽古でげいこという名目で申し込むことはできるかな」


 おや、そんな気軽なものなのか?


「大丈夫だろう。せっかくだし、総司も連れていくか」


 おおっ、近藤勇と沖田総司がボディガード? これは心強い。


 近藤、沖田が揃えば、土方も、となるのではないだろうか。


「そうなると、歳さんも来ますかね?」


「歳か? 歳は奉公があるし、長期で江戸を離れることはできないだろう」


 なるほど。ただ、土方の場合は、「黒船よりナンパだ」となっていても不思議はなさそうだけれど。


「ハハハ。全くね。しかし、君は江戸を抜けても大丈夫なのか?」


「もちろん。俺は大丈夫」


 堂々と答えるが、許可という点では全く大丈夫ではない。


 もういっそのこと土佐の宮地燐介ではなく、試衛館の門下生ということにして、適当な偽名でも名乗ってしまおうか。


 下田まで着いたら何とか吉田松陰らと合流して、あとは何とかするしかないだろう。




 約束を取り付けて、俺は以蔵とともに帰ろうとしたが。


「わしはここでもう二、三日修行していく。総司に借りを返さなければならん」


 と、居座る姿勢を見せている。


 ま、護衛で来ていただけで、特別何かすることを期待されているわけではないから問題ないか。しかし、この調子でずっと試衛館にい続けてしまって、後々岡田以蔵が新撰組に入るという笑えない事態になったりしないかという危惧も出て来るが。



 帰らないというので以蔵を残して上屋敷に戻ると、万次郎に問い合わせる。


「来年になったら、二両ほど用立ててもらえない?」


「二両? 何に使うんじゃ?」


「いや、アメリカに渡ったら、色々使うかもしれないからさ」


「アメリカで日本の小判こばんが通用するのか?」


 金のことだからか、いつもよりしつこく問いただしてくる。


「通用はしないけど、金で出来ているからドルに変えられるじゃないか」


「ふーむ」


「万次郎がアメリカに来た時に返すから」


「ふむぅ……、仕方ないのう。来年になったら、じゃな。二両は大金じゃ。今日明日くれと言われても、無理じゃからのう」


 確かに大金だが、少なくとも近藤と沖田に頑張ってもらう以上は、一両くらいは渡さなければ話にならないだろうからな。あとは、当座の生活費として一両くらいあった方が安心である。


 いざという時に袖の下で渡すことになるかもしれないし。



 ということで、年末の段階で、万次郎に金の工面をしてもらい、護衛も確保することができた。


 後は黒船が来航する来年二月(西暦だと一月後半)に合わせて下田に移動すればいい。


 万事オーケー。順風が吹いている。


 この時はそう思ったのだが。


 三日後、それが大間違いだったと気づかされることになる。

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