第17話 以蔵と総司、試衛館で対戦する
だから、武士の中で通う者は多くなく、町人や商人、富裕な農民の子弟が通っていたらしい。ある一事がなければ、名前すら残らない道場だったかもしれない。
その一事というのは、創始者
俺にとっては、ここにいる連中は武士ではないので、護衛を頼みやすい。
近藤……この時代はまだ嶋崎……とは顔合わせしてある。万次郎に頼んで、ちょっと金を工面してもらえばついてきてくれる人がいるだろう。何せ新選組の中核メンバーのいるところである。信頼度という点では問題ない。
連れ出す口実?
それはもちろん、「黒船を見に行こう」だ。下田まで行って黒船を見たら、お金を渡して引き返してもらおうという算段だ。
俺は途中の店で美味しそうな菓子を買い、試衛館までたどりつく。たどりつくと言っても、詳しい場所を知っているわけではなく、人に道を尋ねながら、だが。
以蔵は竹刀を肩に背負い、「江戸にはこんなところもあるのか~」と呑気な様子だ。
「こんにちは! 勝さんはいますか?」
俺は道場の前まで来ると、大声で挨拶をする。千葉道場のようなピリピリとした雰囲気はない。武士が少ない気楽さもあるのだろう、みんな楽しそうに打ちあっている。
勝さんというのは、下の名前なら間違えないだろうということだ。この時代は嶋崎だが、絶対に「近藤さん」と呼んでしまいそうだからな。下の名前にしても、うっかり「勇さん」と言いかねないか不安だ。
「何だ? 俺の名前を……。おっ? おまえはこの前の」
出て来た近藤は、俺の顔を見て意外そうな笑みを浮かべる。
「この前は、助けてもらってありがとうございました。お礼にお菓子を持ってきました」
「おぉ、そんなつもりはなかったのに悪いな」
近藤は丁寧に頭を下げて、菓子を受け取った。そのうえで俺達を中に通してくれる。その途中で以蔵を紹介した。
「彼は土佐の岡田以蔵といいまして、若いですが、まあまあの剣の使い手です。土佐の屋敷では相手が少なくて、試合がしたいと言うので連れてきました」
俺の紹介に、以蔵が鼻息荒く竹刀を右手に構える。
「岡田以蔵じゃ。よろしく頼む!」
門下生から「あれは武士じゃろうか?」、「武士じゃ」、「武士が来た」という声が沸き上がっている。
「元気が良さそうだね。よし、
何!? 総司?
「はい!」
と、出て来たのはのっぺらい顔をした愛嬌のある少年だ。
こ、これが
「うん? 俺より年下?」
以蔵がムッとした声を出す。確かに土佐では年少ながら活躍して、年長の面々より評価されていた以蔵である。ちょっと天狗になっているから、ここで年少の者の相手をさせられるのはショックかもしれない。
しかし、後のことを知る者からすればこれは凄い勝負である。
岡田以蔵対沖田総司。
仮にこの時代に年齢制限の大会、例えばアンダー16の剣術大会があれば、全日本決勝のカードになるかもしれない。
「総司はまだ子供だけれど、天才だ。果たして、彼はもつかな?」
近藤が楽しそうに語っている。
「そうですね。勝さんより強そうですね」
「おっ、小僧。分かるのか? って、俺より強いは無いだろ!」
近藤の言葉に、門下生達が笑う。
黒船のことを話したいのはやまやまだが、野次馬根性として、この試合は見たい。
二人は竹刀を構えて向き合った。向き合った瞬間、お互いの緊張感が増したのが明らかに分かる。どうやら、どちらも「こいつは只者ではない」と思ったようだ。
「はじめ!」
の声がかかっても、二人とも一歩も動かない。
体格は以蔵の方がかなりたくましい。年上だし、トレーニングもしているからな。しかし、総司は小柄だが隙が無い。
「はじめ!」
30秒ほど両者が動かないので、立会人が二人を促す。
それに反応して、まず以蔵が前に出た。
同時に総司も前に出る。
「はあっ!」
気合の声とともに突きを一発、これを以蔵が弾くと更にもう一発、更にもう一発繰り出そうとする。
こ、これが沖田総司の三段突きか!
そう思った瞬間、以蔵も叫んだ。
「どりゃあ!」
次の瞬間、「うわー!」という声とともに総司が大きく飛ばされた。イメージ的には十メートルくらい吹っ飛んだくらいの迫力がある。実際には三メートル程度だが。
立会人が、迷った顔をして、近藤の顔色を伺う。
いや、総司はあれだけ吹っ飛んだんだから、以蔵の勝ちじゃないのかと思ったが。
「竹刀の勝負なら以蔵君の勝ちだ。しかし、真剣の勝負なら、その前に総司の二発目の突きが以蔵君の喉を斬っている、致命傷ではないが、あれだけの振りはできなかったはずだ」
「……間違いない。わしの負けじゃ」
おぉ、以蔵が大人しく頭を下げた?
ということは、総司の勝ちか?
すごいものを見た。
俺と佐那の剣道とはエラい違いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます