第17話 以蔵と総司、試衛館で対戦する

 市ヶ谷いちがや試衛館しえいかんは、剣術道場としては新興の部類に入る。何せ開設は15年ほど前のことらしい。


 だから、武士の中で通う者は多くなく、町人や商人、富裕な農民の子弟が通っていたらしい。ある一事がなければ、名前すら残らない道場だったかもしれない。


 その一事というのは、創始者近藤周助こんどう しゅうすけの養子となった近藤勇が、道場のメンバーを連れて新選組しんせんぐみに入り、大活躍したことだ。これによって、試衛館と天然理心流てんねんりしんりゅうは幕末知識では必須のものとなった、ということだ。


 俺にとっては、ここにいる連中は武士ではないので、護衛を頼みやすい。


 近藤……この時代はまだ嶋崎……とは顔合わせしてある。万次郎に頼んで、ちょっと金を工面してもらえばついてきてくれる人がいるだろう。何せ新選組の中核メンバーのいるところである。信頼度という点では問題ない。


 連れ出す口実?


 それはもちろん、「黒船を見に行こう」だ。下田まで行って黒船を見たら、お金を渡して引き返してもらおうという算段だ。




 俺は途中の店で美味しそうな菓子を買い、試衛館までたどりつく。たどりつくと言っても、詳しい場所を知っているわけではなく、人に道を尋ねながら、だが。


 以蔵は竹刀を肩に背負い、「江戸にはこんなところもあるのか~」と呑気な様子だ。


「こんにちは! 勝さんはいますか?」


 俺は道場の前まで来ると、大声で挨拶をする。千葉道場のようなピリピリとした雰囲気はない。武士が少ない気楽さもあるのだろう、みんな楽しそうに打ちあっている。


 勝さんというのは、下の名前なら間違えないだろうということだ。この時代は嶋崎だが、絶対に「近藤さん」と呼んでしまいそうだからな。下の名前にしても、うっかり「勇さん」と言いかねないか不安だ。


「何だ? 俺の名前を……。おっ? おまえはこの前の」


 出て来た近藤は、俺の顔を見て意外そうな笑みを浮かべる。


「この前は、助けてもらってありがとうございました。お礼にお菓子を持ってきました」


「おぉ、そんなつもりはなかったのに悪いな」


 近藤は丁寧に頭を下げて、菓子を受け取った。そのうえで俺達を中に通してくれる。その途中で以蔵を紹介した。


「彼は土佐の岡田以蔵といいまして、若いですが、まあまあの剣の使い手です。土佐の屋敷では相手が少なくて、試合がしたいと言うので連れてきました」


 俺の紹介に、以蔵が鼻息荒く竹刀を右手に構える。


「岡田以蔵じゃ。よろしく頼む!」


 門下生から「あれは武士じゃろうか?」、「武士じゃ」、「武士が来た」という声が沸き上がっている。


「元気が良さそうだね。よし、総司そうじ! ちょっと相手を頼む」


 何!? 総司?


「はい!」


 と、出て来たのはのっぺらい顔をした愛嬌のある少年だ。


 こ、これが沖田総司おきた そうじ


「うん? 俺より年下?」


 以蔵がムッとした声を出す。確かに土佐では年少ながら活躍して、年長の面々より評価されていた以蔵である。ちょっと天狗になっているから、ここで年少の者の相手をさせられるのはショックかもしれない。


 しかし、後のことを知る者からすればこれは凄い勝負である。



 岡田以蔵対沖田総司。



 仮にこの時代に年齢制限の大会、例えばアンダー16の剣術大会があれば、全日本決勝のカードになるかもしれない。


「総司はまだ子供だけれど、天才だ。果たして、彼はもつかな?」


 近藤が楽しそうに語っている。


「そうですね。勝さんより強そうですね」


「おっ、小僧。分かるのか? って、俺より強いは無いだろ!」


 近藤の言葉に、門下生達が笑う。


 黒船のことを話したいのはやまやまだが、野次馬根性として、この試合は見たい。



 二人は竹刀を構えて向き合った。向き合った瞬間、お互いの緊張感が増したのが明らかに分かる。どうやら、どちらも「こいつは只者ではない」と思ったようだ。


「はじめ!」


 の声がかかっても、二人とも一歩も動かない。


 体格は以蔵の方がかなりたくましい。年上だし、トレーニングもしているからな。しかし、総司は小柄だが隙が無い。


「はじめ!」


 30秒ほど両者が動かないので、立会人が二人を促す。


 それに反応して、まず以蔵が前に出た。


 同時に総司も前に出る。


「はあっ!」


 気合の声とともに突きを一発、これを以蔵が弾くと更にもう一発、更にもう一発繰り出そうとする。


 こ、これが沖田総司の三段突きか!


 そう思った瞬間、以蔵も叫んだ。


「どりゃあ!」


 次の瞬間、「うわー!」という声とともに総司が大きく飛ばされた。イメージ的には十メートルくらい吹っ飛んだくらいの迫力がある。実際には三メートル程度だが。


 立会人が、迷った顔をして、近藤の顔色を伺う。


 いや、総司はあれだけ吹っ飛んだんだから、以蔵の勝ちじゃないのかと思ったが。


「竹刀の勝負なら以蔵君の勝ちだ。しかし、真剣の勝負なら、その前に総司の二発目の突きが以蔵君の喉を斬っている、致命傷ではないが、あれだけの振りはできなかったはずだ」


「……間違いない。わしの負けじゃ」


 おぉ、以蔵が大人しく頭を下げた?


 ということは、総司の勝ちか?



 すごいものを見た。


 俺と佐那の剣道とはエラい違いだ。

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