第13話 燐介、美少女剣士と立ち会う

 翌日の午後。


 結局、俺は桶町おけまちにある千葉道場へと連れられていった。


「待っておれ。重太郎を呼んでくる」


 龍馬がそう言って道場の中に入っていく。


 一人になったので逃げようと思えば逃げられるが、そんなことをした場合、より徹底的に絞られるだろう。仕方がない。二、三回の我慢だと覚悟して、その場で待つ。


 建物を見渡すと、さすがに幕末三大道場と言われただけのことがあり、中からは活発な声が聞こえてくるし、建物の周りにも剣客らしい男がたむろしている。


「おお、来たか。燐介」


 五分ほどして重太郎が出てきた。


「来ないと、追いかけられるだけでしょうからね」


 拗ねたように答えると、重太郎は大笑いした。


「そうしょげるな。兄の僻目ひがめかもしれんが、佐那は別嬪べっぴんだぞ」


 そう言って、俺の背中を押して道場の中へと入れる。




「おーい、佐那!」


 道場の奥に呼びかけると、「はい!」という声がして、竹刀をもつ女の子が近づいてきた。


 女の子とはいうが、俺よりは年上だ。俺が西暦だと1842年で、佐那は1838年だったはずなので4つ年上か。


 重太郎が言う通り確かに美人である。化粧が満足にない時代でこれだから、現代だったらものすごい美少女かもしれない。


「彼は土佐の下級武士で宮地燐介君という。龍馬の親戚だ」


「まあ、坂本様の親戚ですか」


 どういう理由か分からないが、佐那は、俺が龍馬の親戚ということにかなり意外そうな顔をしている。


「この前、ちょっと話をしたが、中々口達者で頭が切れる子だ。武芸も身につければ大成するだろうと思って連れてきた」


「まあ、口が……」


 佐那は少し驚いたような仕草をして、次いでフフンと笑いかけてくる。


「私、口達者な男は嫌いですのよ」


 可愛い笑みだが怖い。軟弱な男をコテンパンにしてやろう、そんなおてんばな考えを抱いていることがありありと伝わってくる。


「お、お手柔らかにお願いします……」


 蛇に睨まれた蛙とは、まさに今の俺だ。




 土佐藩の屋敷から持ってきた防具を身に着けて、道場へと戻ってくる。


「あれ、佐那さん、防具は?」


 対する佐那は、最初と同じ紺の道着姿だ。


「私は道具無しで結構です。十本勝負ですが、一回でも打ち込めば、燐介の勝ちということでいいでしょう」


 と、余裕の笑みで答えられる。


 な、舐めやがって……。


 と言いたいところだが、俺の剣道は中学レベル。勝ち目がないのは間違いない。


 まあ、いいや。


 仕方ないから適当に打ち込まれて帰るとしよう。俺の方が年下でもあるんだし、そんなに恥ずかしくもないはずだ。


 竹刀を構えて、相手の様子を見る。


 様子を見るなんて言うとカッコいいが、そんな大層なものではない。どこを打てばいいかなんて分からない。


すきあり!」


 構えた途端、いきなりバチーンと胴に打ち込まれた。やはり強い。



 その後、一分ほどの間に三本取られてしまった。


「どうしたのです? 全く手が動いていないですよ?」


 挑発的な言葉を投げかけられた。


 多分、挑発しているつもりはないのだろうが、馬鹿にしていることは間違いない。


 ち、ちくしょう……。


 手も足も出ない状況ではあるが、さすがに腹が立ってきた。一矢くらい報いたい。


 ただ、俺は剣道センスがないから、気を付けて動いていても隙だらけのはずだ。


 となれば、叩かれるのを覚悟で打ちに行くしかない。


 とはいえ、面や胴の位置は遠い。スピード差があるから、そこに届くまでに打ち込まれてしまう。狙うなら小手しかないだろう。ただ、それにしても何度も狙わせてはくれないはずだ。剣先が近づいた一回に賭けるしかない。


 五本目、剣先を動かそうとしたところで面を打ち込まれる。


 六本目、剣先が小手に近づいて出ようとしたが、その前にまた打ち込まれる。


「燐介、おまえ、剣術がなってないのう」


 遂に龍馬にまで馬鹿にされてしまった。自分は「やりたくない」と逃げたくせに何て奴だ。


 七本目。剣先を移動させて、近づけた。


 今だ!


「小手―!」


「痛っ!」


 佐那の悲鳴が道場に響く。カーンという、竹刀が道場に落ちる音が響いた。


 一瞬して、周囲から「オォーッ」という声があがる。びっくりして見ると、周りの門下生もほとんどがこちらを見ていた。恐らくは俺の試合ではなく、佐那の華麗な勝ちっぷりを見たかったのだろうが。


「一本! 燐介の勝ちじゃ!」


 重太郎が笑顔で宣告し、手首を押さえている佐那にニッと笑う。


「油断禁物、じゃな」


「は、はい……」


 佐那は力なく頷いた。


 いや、まさか、勝てるとは……。


 俺はちょっと放心状態のまま、終わったので防具を外した。


 その間、佐那は痛みに顔を歪めながら、手首を押さえ続けている。


 そんなに痛かったかな? と思って見ると、結構しっかり赤く腫れている。


 俺も必死だったから必要以上に全力で打ち込んでしまったんだろうか。


「す、すみません。痛かったですか?」


 覗き込もうとすると、佐那がキッと睨みつけてきて、自由に動く左手に竹刀を持ち換え、俺の頭をバチーンと叩く。


 目の前を星が舞い散った。


「痛ってえー!」


「情けなど無用です!」


 そう言って、佐那は下がっていってしまった。


 情け無用って、面を外した頭を本気で叩いて言うことか!?


 とんでもない子だ……、全く。

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