第14話 燐介、近藤・土方と会う①

 散々な一日が終わり、俺は土佐藩の上屋敷に戻った。


「あぁ、燐介。ちょっといいかな」


 万次郎が、難しい顔をして座っている。


「どうかしたの?」


「うむ、実は……、ってどうしたのだ、その頭は? 三寸ほど背丈が伸びたのではないか?」


 万次郎の奴、俺のたん瘤を見て面白そうに笑っている。


 三寸というのはさすがに大袈裟だろうが、一寸くらいは背が伸びているかもしれない。全く頭に来る話だ。


「……まあ、それはいいとして、幕閣の方から、『開国はしたくない。譲歩はしても構わないが、何とかならないか?』と聞いてきた」


「譲歩ねぇ」


「私も、アメリカの風土は知ったが、条件など聞かれても答えられるものではない。おまえが何か知っているのなら、私が思いついた風を装って教えようと思うのだが」


「うーん……」


 これは難しい質問だ。


 というより、多分無理な質問だろうと思った。


「無理だと思うよ。ペリーは、大統領に『自分は開国させる自信がある』と言って出てきているんだ。それで開国できないということであれば、それはペリーにとって失脚を意味することになりかねない。アメリカ人と大和武士は違うけれど、『二言はない』という点は変わらないと思う」


「なるほどなぁ……」


「万次郎さんは開国に反対なのかい?」


 万次郎は「まさか」と首を振った。


「私はあの国にも大きな恩があるし、拾い上げてくれた船長には返しきれないほどの恩がある。自由に行き来できるようになってほしいと思うよ」


「それは無理だよ。他の大名だって絶対に無理だ。誰も出来ないのに恥も何もないでしょ。薩摩さつま島津しまづ様や佐賀の鍋島なべしま様にでも聞いてみたらいい、とでも勧めてみたら?」


 薩摩の島津斉彬しまづ なりあきらや佐賀の鍋島閑叟なべしま かんそうは幕末、海外への興味を強く持っていた二人と言っていいだろう。しかし、この二人にしろ、幕府を満足させるような回答は与えられていないはずだ。


「ペリーは絶対に引かないだろう。これでいいんじゃないの?」


「……それで日本は大丈夫なのだな?」


 万次郎が縋るような視線を俺に向ける。


 正直、即答しづらい。最終的には明治維新を経て、先進国の一員に入ることができたから、いい方向に向かったとは思う。


 ただ、そこまでの過程で多くの血が流れているのも事実である。安政の大獄もあったし、京都の動乱や長州征伐ちょうしゅうせいばつ戊辰戦争ぼしんせんそうがあった。維新後も西南戦争が起きていて、無数の人間が死んでいる。


 それを全て含めて、「いい方向に行く」と言い切るのはあまりにも傲慢だ。


「……万次郎さん、俺は神でも仏でもないから全員救うことはできない。ただ、一つだけ言えるのは万次郎さんと殿様にとっては悪いことはないと思う」


 俺の答えに万次郎はしばらく考え込む。じっと俺を見つめているが何も言わない。恐らく、俺の考えていることが多少は理解されたのではないかと思う。


「分かった。一番大切なのはその二つだ。信じるよ、燐介」


 万次郎は頷いて、微笑んだ。



 翌朝。


「燐介、おい燐介」


「うーん、もうちょっと寝かせてくれよ」


 何せ、夜半まで頭が痛くて中々眠れなかった。ただ、それで夜更かししてしまった結果、寝坊してしまったのだから、世話がない話だ。


「うぅ、眠い……」


 目をこすりながら着替えをしていると、万次郎が再度声をかけてくる。


「燐介。随分ずいぶんと綺麗なお嬢さんがおまえを待っているぞ」


「……綺麗なお嬢さん?」


 嫌な予感が走る。というより、嫌な予感しかない。


 江戸で俺を知る綺麗なお嬢さんなんていうのは一人しかいない。


 昨日負けたことを根に持って、再度勝負にでも来たのだろうか?


 ここ土佐藩の上屋敷で散々に打ちのめして意趣返しいしゅがえしをしようとしているのかもしれない。



 逃げるわけにもいかないので、仕方なく玄関まで行く。


 案の定、そこには千葉佐那の姿があった。


「おはようございます。燐介」


 きつい視線で挨拶してくる。


「お、おはようございます。何でしょう?」


 というと、途端に風呂敷に入った何かを投げてこられた。慌てて受け取る。感触としては中に食べ物か何かが入っているのかもしれない。


「兄上から、これを燐介とともに池田様の上屋敷まで持っていけと言われました」


「へっ……? 何で?」


 佐那の嫌そうな顔を見るに、どうやら重太郎に頼まれたらしい。


「私に分かるものですか。兄はおまえのことを気に入っているようです。不思議な少年だと言っていました」


「全然不思議じゃねぇよ」


 と答えるが、佐那も否定した。


「そうでしょうか? 昨日の太刀筋たちすじ、あれはどこにもない流派でしたが、手慣れたものでした。動きは全く素人なのに、あの動きだけは……」


 どこにもないか。


 確かにどこにもないと言えばどこにもない。あれは平成の剣、百五十年以上未来の剣なのだから。



 断り切れず、佐那と二人で池田家の上屋敷を目指す。


 令和の時代なら上野公園の真ん中、前田の赤門に対して、黒門と呼ばれたらしい。


 何故、池田家かというと重太郎の父・千葉定吉ちば さだきちが鳥取藩に仕えていたからだ。後には重太郎も鳥取藩に行くことになるんだけど、な。


 ま、それはそれとして。


 四つ年上の美少女と並んで歩くが、正直全然楽しくない。何か変なことを問われたりしないか、気が気でならない。


 もっとも、佐那も何か聞いてくる風ではない。これは上屋敷に入った後がまずいかなと思っていると、背後から野太い声がした。


「そこの娘、中々の器量じゃのう。どうじゃ、わしらと一緒に飲まんか?」


 振り返ると、げげっ。


 とんでもなく体格のいい男が2人いる。おそらく力士か何かだろう。佐那に向けて声をかけている。顔が少し赤いところを見ると酔っぱらっているのかもしれない。


 これはまずいな。いくら佐那が強いと言っても体力差がありすぎるだろう。ガキの俺にも一本取られたくらいなわけだしな。


 それでも、佐那は強気なのか無警戒なのか、スタスタと過ぎ去ろうとする。無視されたと思った二人が回り込もうとした時。


「おい、何、やってんだ?」


 忙しい日だな、全く。また別方向から声がして、振り返ると、女連れの男二人がいた。一人は偉い角ばった顔をしていて、もう一人はやたらイケメンだ。


 うん、待てよ。この二人ってもしかして……


往来おうらいで酔っぱらって、町娘に声をかけるとは感心しねぇなぁ」


 イケメンが言い放つ。これで力士二人の注意もそちらに向いた。佐那はマジで気づいていないのかそのまま歩いている。


 あ、いや、俺もそのまま逃げ去った方がいいのかもしれない。


 何せ、この二人、あれだよな。


「生意気な奴らめ」


 力士二人が噛ませ犬発言をした。イケメンが角ばり男をチラッと見る。


「だ、そうだぜ。っちゃんよ。任せていいかい?」


とし。おまえから仕掛けて、俺に任せるってどういう了見だ」


 二人の呼び合い、これはやはり……

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