第12話 燐介、剣術の達人と異国を論ずる②

 いや、しかし、改めて考えてみると、幕末というのはヤバイ世界だ。


 目の前にいる千葉重太郎と龍馬の二人はどちらも好人物だ。この二人が数年後に「勝海舟かつ かいしゅうは気に入らん。斬ろうぜ」と本当に斬りに行った、なんて言われているわけだからな。


 池田屋事件いけだやじけん前後の京は、当時世界最悪の治安度だったらしい。一時期のヨハネスブルクやバクダッドと互角とも言われているわけだからな。



 ま、それはそれとして、この場をどう切り抜けるか。


「斬るよりも先に、異国の人達が何を考えて日本に来たか知った方がいいんじゃないでしょうか?」


「あん?」


 俺がちょっと反抗的な答えをしたからか、重太郎の返事が短くドスが効いている。酒が入っているので、二人とも若干横柄になっている印象だ。


「兵法に、敵を知り、己を知れば百戦危うからず、と言うじゃないですか。異国も異国の考えがあって来ているわけで、それを知ったうえで臨めば、より効果的に戦えるのではないですか?」


 幕府の高官以外は、外国のことをほとんど知らない。だから、イギリスもアメリカもロシアも全部同じくらいで考えている可能性が高い。イギリスとロシアがクリミアで戦争しており(令和四年の話ではない。嘉永六年もクリミアで戦争が起きていた)、それぞれ別の思惑や国益を持っているということは知るはずもない。


「……と、万次郎が言っておりました」


「許せんのう。万次郎の奴、異国に行って骨抜きになりおったか」


 げっ、龍馬が変な事を言い出した。まずいことに重太郎も頷いている。


「万次郎を斬るか」


 待てー! 結論行くのが早すぎる!


夷狄いてき蛮夷ばんいに対しては、同じ夷狄や蛮夷をもってあたるべしと言うではないですか。この神州しんしゅう日本で戦うことはないんですよ」


 やばいな。結果的に俺も国粋主義者みたいなことを言い出すことになってしまった。


 ただ、これで重太郎も龍馬も納得したらしい。


「そうか。確かに向こうの考えを見抜けば、奴らは日ノ本に来ることもないのう」


「奴らの血で汚すこともない」


 いや、俺からしてみると酷いのは目の前の二人だが、19世紀の世界に21世紀の理論を持ち込むこと自体が無意味なことなのだろう。




「そういえば、妹のことなのだが」


 お、話題が変わった。俺はホッと胸をなでおろす。


 妹というと、龍馬の婚約者とも言われた千葉佐那さなのことだな。


 これは龍馬をいじる恰好のネタが出て来たのでは。


「最近、調子もいいようだし、一度試合をしてみてはどうだ?」


 と思ったら、試合の話だった。


 はっきり何時かは覚えていないが、実際に婚約関係となったのはもう少し後のことだったかな。今は一緒に稽古をしていたくらいの仲だったのかもしれない。


「うーん、そうは言っても年下の女子との試合は。あっさりと負け続けるのは情けないし」


 龍馬の奴、負け続けること前提で随分とヘタレたことを言っている。


 とは言っても、千葉佐那は令和の時代まで伝わるくらいだから、相当強かったらしい。江戸に出て来て半年も経っていない龍馬には荷が重い相手かもしれない。


「それより、どうじゃ? 燐介の指導に当たらせるというのは?」


 何っ!?


 いきなり矛先が俺の方に向いてきた?


 しかも、重太郎の奴、腕組みをして考え始めた。


「なるほど。確かに、この子は龍馬とは違った光るものがある」


「い、いや、でも、私は万次郎さんから外国語を学ばないといけないので」


「それ以外の時間もあるだろう? 一日中勉強しているわけでもあるまい」


「うっ」


 い、いや、それはそうなんだが。


 というより、別に万次郎と英会話のレッスンをやっているわけでもないのだが、だからといって、剣術の稽古は正直……


 いや、千葉佐那は美人らしいから、会ってみたいというのはあるが、それで龍馬や重太郎と付き合う時間が長くなっても困る。


「よし、明日の午後、連れてきてくれ。佐那に引き合わせよう」


「分かった!」


 当事者の俺を無視して、龍馬の奴はノリノリである。余程、自分は試合をしたくなかったらしい。



 ともあれ、気が付いたら明日の午後、いきなり剣術の稽古をする羽目になっていた。


 こう言っては何だが、俺は剣道なんて中学以来やっていない。何せ、道具の臭いがあれだからな。


 そんな俺に剣術の稽古なんて薄情すぎる。


 せめて、サッカーとかにしてくれ~!

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